チョコの食事情

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~



チョコを飼う事になった時、心配した事のひとつが食費だった。
チョコは我が家にすれば立派な「大型犬」。体重は大人半分ほどだが、犬のカロリー消費は体重あたり人の何倍もあると聞いていたからだ。
が、そんな僕の心配は無駄に終わった。
世の中にはドッグフードというものがある。見た目に比べ高カロリーで馬鹿みたいに安い。
ドッグフードを与えている限り犬の食費なんてタダ同然だった。
だが美味しいかどうかとなると話は別だ。
あれは「美味しい」という言葉の対極にある代物だった。
なぜわかるかというと、僕はドッグフードを食べていたからだ。

チョコが家に来た時、ドッグフードも大量に引き取られてきた。
しばらくはそれと同じもの(外国産)を買って食べさせていた両親だったが、
「このドッグフードは高すぎる」
という母の思惑、
「いつも同じもんばっかりやとチョコが気の毒やろ」
という父の思惑、そういったものに翻弄され、チョコの食べるドッグフードはコロコロ変わっていた。

そんなある時、チョコがえづくようになった。
みたところ、チョコがえづくのはドッグフードを食べたあと。
そして親は最近ドッグフードの銘柄を変えていた。
そう思い当たり、僕は少々勇気を出してそのドッグフードを食べてみた。
まずいなんてもんじゃない。味以前の問題だった。
例えるなら毛糸を無理矢理食べているような感じだ。
チョコがえづく理由がすぐにわかった。
ドッグフードを選ぶのは両親で僕は口出しするつもりはなかったが、さすがにチョコが気の毒で、親には次から別の銘柄にするように言った。
(それでもそのドッグフードがなくなるまでチョコはそれを食べさせられていた)

以前食べていたドッグフードがよかったというわけでもない。
我が家に来て一年ほど、チョコは目ヤニがひどかった。
ネットで調べたところ、原因は塩分の摂りすぎだった。
犬も人と同じで味の濃い食べものが好きだ。
ドッグフードはコストとの戦いだからメーカーは安い食材で犬の食欲が沸くように味を濃くしていく。
犬にすれば毎日ジャンクフードを食べているようなものだ。
犬も塩分のとりすぎはよくない。むしろ「汗をかかない」ぶん、人よりシビアだ。
ともかくドッグフードを変えてチョコの目ヤニが治ったのは事実だ。


そんな事が何度かあったので、僕は親が買ってきたドッグフードを味見するようになったというわけだ。
美味しいと思ったものはただのひとつもなかったが、これならまだマシだと思えたものはあった。
(いずれも国産の「ビタワン」と「ドッグビットフィールド」)

親に銘柄を口出しするつもりはなかったが、それでも後年チョコが病気をした後は「ドッグビットフィールド」以外食べさせなかった。



そんな貧しい食事でも、チョコは喜んで食べた。
餌をやるのは弟の役で、あげるのは僕らが食事を終えた後だ。
(我が家では人の食事をチョコに与えるような事はしなかった)

弟がドッグフードの入った皿を持ち、玄関にチョコを連れて行く。

「お座り」

この時ばかりはチョコは素直にお座りする。

「待て」

チョコは言われたとおりに待つ。
待っている間じゅうずっと、チョコは涎を垂らし続ける。
チョコのネバネバした涎は鼻ちょうちんのようにふくらみ続け、遂には涎そのものの自重で上下に伸びていき、しまいにはチョコの頭ほどの大きさになる。

「よし」

散々待たせた弟のお許しがようやく出て、チョコは食べ物にありつくというわけだ。



僕はチョコの食事のあれこれに口出しはしなかったが、あまりに貧しい食生活を見かねてささやかなプレゼントをしていた。
それはカスピ海ヨーグルトだ。
母は自家製のカスピ海ヨーグルトを作るのだが、なぜか母本人を含め誰も食べようとしない。なので僕だけが朝食にそれをもらって食べていた。
せっかくなので、試しにチョコにもあげてみた。
いちおう我が家のルールにのっとり、僕は玄関にチョコを呼びお座りをさせて形ばかりの「待て」をした後、わずかばかりのヨーグルトを食べさせた。
一口それを口にしたチョコは、西川きよしのようなまんまるい目をして僕を見た。
その目はこう語っていた。

「おら、こんなうめえもん食ったのはじめてだ!」

チョコにそこまで熱い視線を浴びせられたら、もうしかたない。
僕は毎朝、ちょっとだけそのヨーグルトをあげるようになった。
少ししかやらないのはケチだからではなく、犬に乳製品がよくないのを知っていたからだ。
(とはいえネットで調べて、少量のヨーグルトならほぼ大丈夫だとわかってはいた)

毎晩のう○ちをチェックする限り、下痢の心配もなさそうだ。
それどころか一週間もしないうち、よい変化が起きた。
座り方のせいなのか、チョコは前足のひじの部分の毛がずっとハゲていた。
その部分にうぶ毛が生えてきたのだ。
僕は犬の生命力に驚くと同時に、チョコの食生活の貧しさも改めて思い知った。
ついでに僕自身も以前より熱心にヨーグルトを食べるようになったが、僕の髪の毛のほうは一向に(以下略)。



僕がチョコに与えた食べ物がもうひとつある。
それは「おから」だ。
それをあげるようになったのには理由がある。

ある日、父がチョコを連れて散歩していると、通りすがりのおっさんがチョコを指さして言った。

「太りすぎ」

家族は皆気づかぬふりをしていたが、確かにチョコはやや太っていたかもしれない。
毎日2時間は散歩をさせボール遊びもしているので運動不足というわけではない。
となると食べ物を減らすしかない。
しかし単に減らすだけでは気の毒なので、おからで増量しようという魂胆だ。
試しにあげてみたら、チョコもまんざらでもなさそうだ。
それから数日に一度、仕事帰りにスーパーでおからを買って帰るのが僕の任務になった。
たまには見切り品で済ませることもあったけど。
けれどたとえ見切り品でも、僕がつまみ食いしてきたどのドッグフードよりおからのほうがよほどマシだと思う。



そう思うくらいならドッグフードなど与えず、自分で作って食べさせればいいと思われるかもだが、言うはやすし。
僕にも仕事があるからそこまで手が回らないし、自分ができないことを親に押しつけるわけにもいかない。
それに自分で作るといってもなかなか難しい。

子供の頃飼っていた犬には家族の残飯をあげていた。
ごちそうのつもりであげていたスキヤキの残りにはタマネギが入っていたし、引っ越しで何も用意ができない時はカップ麺をあげたこともあった。
タマネギやカップ麺は論外としても、犬の食事の献立を考えるのは難しい。おそらく人間のそれよりも。
犬は文句を言わないし、チョコは何だって食ってしまうから。


それでも、市販のドッグフードよりは家の物を食べてたほうがまだマシだったんじゃないかな。
今はそう思わなくもない。

(続く)


不器用な恋

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~


今まで何度も書いてきたとおり、チョコが人付き合いのいい犬だという事はわかってもらえたと思う。
実際のチョコを知る人は皆そう思っているだろう。
僕はそんなチョコを何度羨ましいと思ったかわからない。

ところが「これが本当に同じ犬か」というくらい、チョコは犬付き合いが苦手だった。
チョコが他の犬にあまり吠えたりしなかったのも、単におとなしいだけでなく、他の犬とどう付き合えばいいかわからなかったのだろう。

チョコといつものように河川敷のゲートボール場でボール遊びをしていた時、よその犬が乱入してきた事がある。
散歩に来ていた他の人が飼っていた犬なのだが、都会かドラマの中でしか見ないような種類もわからない真っ黒なその犬は、チョコの10倍くらいのスピードで駆けてきた。
無駄な肉など1グラムもなさそうなその元気な犬はチョコに親しげに近づき、

「一緒に遊ぼう」

とばかりにチョコを誘った。
チョコはどうしたか?
ただ、でくのぼうのように突っ立っていただけだ。
チョコは決して嫌がっていたわけではない。飼い主だからそれはわかる。
その証拠に、チョコはその犬の一挙一動を興味深そうな目で追っていた。
ただ、チョコは犬との遊び方を知らないのだ。

(一緒にボールで遊べばいいのに)

見ていた僕がじれったくなるほど、チョコは不器用だった。


考えてみれば無理もない話だ。
当時うちで飼っていた犬はチョコ一匹。
たまに訪れる客も人間ばかり。
チョコはずっと人間の中で暮らしていたのだから。
そしておそらく、うちに来る前から。

チョコは元々、あ~ちゃんと旦那(僕の上の弟)の犬だった。
二人がチョコを飼う時に「少しでも早くチョコが欲しい」と里親に申し出て、本当ならまだ母親離れしない時期にチョコはもらわれてきた。
そういう経緯があるので、チョコが犬との付き合いが苦手なのも、まあ仕方ないことだ。


チョコが唯一仲良しだったといえるのが「はるちゃん」だった。
はるちゃんは近所のお姉さんが飼っているパグという種類の、少し変わった犬だった。
散歩もあまり楽しそうではないし、ボールには見向きもしない。それなのにチョコがボール遊びをしているのをうらやましそうに見ていた。
そう、はるちゃんも不器用な犬だったのだ。
「不器用な犬」同士、二匹は意気投合したのかもしれない。
といっても二匹はなにをするでもなく、道で出会っても顔を見合わせて親しげな顔を見せる程度だった。


そんなとんでもなく不器用なチョコが、他の犬に恋をした。
あれはチョコが大きな病気をして、小康状態を迎えた頃だった。
その晩、チョコを連れた僕はいつもの河川敷ではなく、住宅街の近くの小さな児童公園に足を向けた。
ふたりで公園をうろついていると、犬を連れた親子連れがやってきた。
犬はまぶしい純白色をした子犬だった。
普段は他の犬にほとんど反応を見せないチョコが、その犬をガン見していた。
僕にはピンとくるものがあった。

(ひょっとして、この小犬、女の子?)
(チョコ、ひょっとして惚れてる!?)

小犬ももまんざらでもないようすでチョコに近づいてくる。
確かに可愛い犬だ。
チョコめ、なかなかいいシュミをしている。
僕は飼い主のお父さんに尋ねた。

「この子、なんて名前ですか」
「バニラです」

お父さん(といっても僕より年下)は愛想よく答えた。

「メスですか」
「はい」
「いくつくらい?」
「1歳です」

僕は思わずバニラちゃんを、そして彼女に見とれるチョコを見やった。

(チョコ、お前ロリコンかよ)

僕はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ。チョコよ、お前はいったい誰に似たのか。
とはいえチョコが他の犬に興味を持つのは嬉しかった。
実はチョコは小さい頃、大事なタマタマちゃんを取られている。そんなチョコでもちゃんと恋をするのが嬉しかった。
僕自身はタマタマを抜かれたことがないので、そのへんの事情はよくわからないが。

バニラちゃんは若いだけあって元気いっぱいだった。
そこらじゅうを走り回ってはまたチョコに駆け寄り、一緒に遊ぼうと誘っている。
だがチョコは、肝心のチョコは、この「イィ~ッ!」となるほど不器用な犬は、憧れの彼女が擦り寄ってきているというのに、相も変わらず棒立ちのままバニラちゃんを見つめているだけ。やっとの事で好意の証に尻尾を振るのが、チョコにできるせいいっぱいなのだった。

(そんなに奥手でどうするんだよ、チョコがんばれよ!)

自分の事を棚に上げ、僕はチョコを応援した。
しかし何事も起きるはずはなかった。
バニラちゃん御一行が公園を出るのに合わせて僕らも公園を出て別方向に別れた。
チョコは何もできないくせに、帰るのを嫌がった。
チョコの恋はなかなか面倒な恋だった。


それからチョコと散歩する時は、何日かに一度はその公園に出かけるようにした。
何度かその公園や他の場所でバニラちゃんと遭遇した。
しかしチョコの淡い恋は淡いままだった。
それでもチョコはチョコなりに頑張っていたのかもしれない。
その頃のチョコは病気で弱っていて散歩の時もよたよた歩きだったのに、バニラちゃん達と並んで歩く時だけは、チョコは胸を張りキビキビ歩くのだった。
こんな時でも、チョコの見栄っ張りはあいかわらずであった。
なんかいろいろと頑張り方を間違っているチョコだった。


これが僕の知る唯一の、そして不器用なチョコの恋である。
「バニラ」と「チョコ」。
いいカップルになれそうな名前だったのになあ。

(続く)






かわいい犬

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~



いつものようにチョコと河川敷あたりを散歩していた時。
橋のたもとで二人連れの女子高生とすれ違った。
女の子たちが話しているのが聞こえ、そっと振りむいた。

「かわいい」

ふたりは僕らを見てそう言っていた。
僕は足元のチョコに尋ねた。

「かわいいって、チョコの事かな。僕の事かな?」

分かってる。もちろんお前の事だ。
こんなおっさんの僕を「かわいい」という人などいやしない。
だけどチョコ、お前だって立派なおっさんだ。
ヒゲは白いし、座る時には「ウッ」と言って座るし、どこからどう見ても目が眩むほどおっさんじゃないか。
それなのにチョコだけが可愛いと言われる。
ずるい。
僕だって女子高生に「かわいい」と言われたい。


しかし悔しいが、チョコは実際かわいいのだ。
誓って言うが、生まれてこのかたチョコよりかわいい犬は見たことがない。
チョコを飼っている間、散歩やなにやらでいろんなところでいろんな犬を見たけれど、他の犬を見てうらやましいと思ったことはない。チョコより可愛い犬などいなかったからだ。
だからといって、

「それほどかわいいというなら、証拠の写真を見せろ」

と言われると困ってしまう。
チョコを撮った写真ならたくさんある。
けれど、

「これがうちの自慢の犬だ。どうだ可愛いだろう!」

と誇らしげに言えるベストショットは見当たらない。
(小犬の頃は別だ)

今回は古いPCのハードディスクに埋もれた写真を探索してみた。
その中でまだマシだと思えた一枚がこれだ。



18012702.jpg

ボールに見とれる、チョコらしい一枚ではある。

参考までに家族が撮った小犬の頃のチョコの写真も載せておこう。



18012701.jpg

そう、白状するしかない。
僕のカメラの腕は泣きたくなるほど下手だ。
いくら愛犬がかわいくても、愛情だけで腕はあがらない。
だからといって「チョコはかわいくない」などと誤解されては困る。
物的証拠はないが、確かにチョコはかわいかった。
そう思ったのは僕や家族だけではない。


我が家は路地の突き当たり。車の往来も少なく、昼間は鎖もつけずチョコを表に出したりもした。
それで苦情が来たことはない。
外に出したからといってチョコははしゃぎすぎたり逃げたりしないし、他の人に吠えたりまして噛んだりもしない。

大抵の人はチョコを見ると目を細めて喜んでいた。
中には犬が苦手な人もいるが、チョコはそういう人にはある程度以上近づかない。
(それでも尻尾を振ったりして好意をみせる)
チョコは人との距離感が絶妙というか、空気を読む犬だった。
チョコほど人好きのする犬はまずいない。
もっとも例外もあるにはあった。
向かいに住んでる独り暮らしのおばあちゃんが、いつも両手を差し出してチョコを招くのだが、チョコはこの人にだけは決して近づかなかった。
(未だにその理由はナゾだ)
けれど全体として、チョコは人当たりのいい犬だった。


近所で遊んでる子供たちがチョコに寄ってくる時もあった。

「チョコ」
「チョコ」

なぜか皆がチョコの名を知っていて、口々に呼ぶ。
呼ばれるたびにチョコはその子に寄って尻尾を振る。
時には子供に耳を掴まれ、僕のほうがハッとなる事もあったけど。
(犬は耳の中を触られるのを嫌がる)

そんな時でもチョコは嫌な顔もせずおとなしくされるがままになっていた。
この時ばかりはチョコの飼い主である事を僕は誇りに思った。
(偉いのはちゃんとしつけてくれた犬学校の先生だが)

それでもあんまり子供たちが「チョコ」「チョコ」と呼び続け、チョコはどの子のところに行ったらいいのかわからなくなり、最後は我が家の玄関に駆け込んで子供たちに笑われたりもしていた。
とにかくチョコは人に好かれる要素満載の犬であった。


僕は歌舞伎が好きで、とりわけ女形が好きだ。
本物の女性より可愛いくみえる、そんなハッとなる魅力が女形にはある。
けれどその魅力はTVや写真では本当には伝わらない。
何が言いたいかというと、チョコの魅力もそれに似ている気がするのだ。
上手くは言えないが、チョコの魅力も写真には残らない類のものだと思っている。

だからといって、僕の写真が下手なのを否定するつもりはないけれど。

(続く)






吠えない犬が吠える時(2)

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~


吠えない犬が吠えるのは、何かしらの事件の予兆。
これは普段吠えないチョコの事件簿の続きである。



・耐えられぬ激痛

チョコは無駄吠えをしない。
それはケガをしたり痛かったりした時でも同じだった。
むろん痛みの程度は本人しかわからないにせよ、傍目に痛そうな時でもチョコはそうそう弱音を吐かなかった。
これは両親に聞いた話だが、チョコが予防接種で獣医に行った時もそうだったらしい。
他の犬が鳴いたり抵抗したりしている中、チョコは自分から治療台に向かい黙って注射を受けていたという。注射をした獣医さんに「痛いはずなんですけどねえ」と首を傾げられるほど堂々としていたらしい。
まあチョコが見栄っ張りなせいもあるだろうし、チョコにとっては注射の痛みよりもご褒美のお菓子のほうがよほど気になっていたのだろう。
(注射を待つ間、チョコは治療台でよだれを垂らして看護のお姉さんに笑われていたらしい)

そんなチョコでさえ、痛みに耐えられず鳴いた事がある。
それは僕と散歩に行った時だった。

その夜も僕はチョコと河川敷に行った。
何事もない平穏な散歩だったが、問題は帰り道で起こった。
河川敷を離れ家路に向かうアスファルトの路地で、チョコが突然足をかばう素振りを見せたのだ。どちらの足か忘れたが、前足を地面につけるだけで痛そうにしていた。
そんなチョコをみたのは初めてだった。
僕は慌ててチョコの足を見た。
といっても、手持ちの小さなライトではよくわからない。街灯の下に行き、改めてチョコの足の裏を確かめた。
見た目ではわからないが、チョコの様子からみて足の指の間に小石が挟まったらしい。
なんとか見つけようとしたが、どうにもままならない。
チョコはよたよたと家に歩いて行こうとするけれどその姿は痛々しく、そのまま連れ帰るには忍びなかった。
僕はチョコを抱き上げて、そのまま家まで帰ることにした。
普段チョコを抱く事はほとんどないし、チョコも抱かれるのは好きじゃない。
けれど今はそれどころじゃない。

僕はチョコを抱き、幹線道路の交差点まで歩いた。
結構必死だったのでチョコの重さも気にならなかった。
だが道路の脇に立ち車の通り過ぎるのを待っている僕の姿は、少々こっけいだったかもしれない。
大型犬が人に抱かれているのはいかにも不自然だし、しかもその犬ときたら河川敷で遊んだ時のボールを口にくわえたままなのだから。
(チョコはよほどの事がないとボールを放さない)

だが見た目を気にしている場合じゃない。
僕は道路を渡り、小走りになって家に急いだ。
一刻も早く、チョコの足に挟まった石を取ってあげないと。
僕は家の玄関を勢いよく開け、奥の家族に叫んだ。

「大変や。チョコが、チョコが」

言いながらチョコを下ろし、慌ただしく戸を閉めた。
その時、チョコが今まで聞いたこともない悲鳴をあげた。

「キャイン!」

慌てて家族が飛んできた。

「チョコ!」
「どうしたん!?」
「なんか、足に石が挟まったみたいや」

しかし当のチョコは普段通りスタスタと歩いている。
チョコが鳴いたのは挟まった石のせいではなかった。
僕がドアを閉めた時、尻尾を思い切り挟まれたのだ。
そのショックで、足の石などどこかに飛んでいってしまっていた。

そんなわけで。
チョコを鳴かせた犯人はまたしても僕なのであった。
ごめんよチョコ。
(よほど痛かったんだね)



・残酷なる犬

チョコが滅多に吠えないのは温厚な性格のせいだろう。
散歩の時は特にそう思った。
犬が散歩の途中で他の犬と出会ったら、たいてい吠えあったりするものだと思う。
だがチョコの場合、吠えられる事はあっても自分から吠えるという事はまずなかった。
チョコに吠えかかるのは大抵が小型犬で、チョコは全く相手にしなかった。逆にチョコより大きい犬がこちらに吠えかかることはまずないし、チョコもちょっかいを出したりはしない。
チョコがもし吠えるとしたら、同じくらいの体格でどっちが強いかわからない、そんな犬同士の時くらいだ。そういうケースは見ていてなんとなくわかるし、これはヤバいと思ったらなるだけ離れるように僕が誘導していた。

だけどたった一度、全く予想のつかない状況で、チョコが他の犬に激しく吠えたてたことがある。


それは昼間、僕がチョコを家の外の敷地に連れ出していた時だった。
金網の向こうの細い道を、一匹の野良犬が歩いてきたのだ。
野良犬なんて今時珍しいが、どこかの家から逃げてきたのかそれとも捨てられたのか、白い毛にはつやがなく、最近手入れした様子もない。なにより寂しげな足どりと瞳に宿る表情がその犬の境遇を物語っていた。
そのいかにも老犬という風情の犬がとぼとぼとこちらに向かって歩いてきた時、

「ウー」

信じられない事に、チョコが唸りだしたのだ。
それどころか牙さえ向いてその年寄り犬を威嚇しはじめた。
僕はそんなチョコを見たことがなかった。
驚いてチョコの首輪を掴み、僕はチョコをたしなめた。

「チョコ!」

それでもチョコは唸るのをやめない。
老犬に戦う意志がないのは明らかだった。しばらく寂しげな瞳を僕に向けていたその老犬は、やがてとぼとぼとどこへともなく去っていった。
チョコの首輪を掴んだまま、僕は悲しい気持ちになった。
チョコが弱い者いじめをしているようにしか見えなかったから。


その時の事を僕は何度となく思い返した。
チョコが怒るのは、人間が怒るのとは少し違う気がする。
人は腹を立て、我慢できなくなったら怒る。
でもチョコを見ているとそれとは違っている。まるでスイッチが入ったように瞬時に怒っている。
「縄張りが荒らされる」とか「あの犬を飼うことになって自分の地位が脅かされる」とかいった事を、「思考」ではなく「本能」で判断して身体が勝手に反応したように、僕には見えた。
チョコの中にはそういう、人間からすれば残酷にみえる部分が備わっているのだろう。
社会でがんじがらめにされてる人間は感情を表に出してもロクな事はないけれど、犬の場合はあれが正しいのだろう。
上手く言えないけど、僕はそう思った。



・理解不能なふたり

これはおまけというかどうでもいい話なのだが、弟から聞いた話だ。
弟がリビングでヒマそうにしていると、チョコが床に落ちてるタオルを口にくわえて寄ってきた。
言うまでもなく「遊んでくれ」というサインだ。
それに対して弟が

「ハァ~~ッ!」

と威嚇すると、チョコは口をとがらせ

「ホォ~~~ッ」

と言った。
だからどうだと言われても困るのだが。

(続く)





ごめんね

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~



子育てに失敗は許されない。
犬を飼う時もそれは同じだ。
だがチョコを飼っている間、僕らは何度も失敗した。
笑って済ませられるものから、もっと深刻なものまで。
そしてその失敗の大半は僕のせいだ。
いや、ひょっとしたら僕以外の家族も、しでかした失敗を明かさないだけかもしれないが。
とにかく僕が何度もしくじったのは事実だ。次に犬を飼う事があれば同じ失敗をしないようにと強く思っている。
そんな失敗談のひとつを今日は明かそう。
ひょっとしたら皆さんが犬を飼う時の参考に……
いや、こんな失敗をするのは僕ぐらいだろうけど。


その日も僕はチョコを河川敷に連れて行っていた。
昔の事で詳しく思い出せないが、その時は休日だったのか珍しく昼間の散歩だった。
うちの近所の河川敷は鳥類の天国だ。その日も川のちょっとした段差に何羽ものサギたちが羽を休めてくつろいでいた。
あまりにのんびりしたその光景を見ていると、ふっと僕の中に悪戯心が沸いてきた。

「チョコ」

僕を振り向いたチョコに、僕はぼそっとつぶやいた。

「ゴー」

僕がチョコに「ゴー」なんて言ったのは初めてだ。だが僕の見立て通り、チョコはその意味をはっきり理解した。
チョコは信じられない顔をして、それでも鳥達に向かっていく構えを見せ、僕の顔を見た。

(ほんとうにいいんですかい?)

僕はうなずき、鳥たちを指さして大きな声でもう一度言った。

「ゴー!」

チョコはもう迷わなかった。僕の合図と同時にダッと川に飛び込んだ。
もちろんチョコに捕まる鳥などいない。サギ達は慌てて飛び去った。
それでもチョコは楽しげに川の浅瀬を走り回っている。
律儀に戻ってきたチョコに、僕はせっかくだからもう少し遊んでおいでと
再び「ゴー、ゴー!」と言ってやった。
チョコは喜んで川の中を走り回り、ついには対岸まで走り回ってきた。

今思うと我ながらひどい事をしたものだ。
だが、話はそれだけで済まなかった。


それから何週間か、ひょっとしたらもっと。僕がそんな事をしたのも忘れてしまった頃。
その夜も河川敷に散歩していた。
僕より先に行ってたと思っていたチョコが、僕の前にひょこひょこと戻ってきた。
その様子は、どこかボールをくわえて戻ってくる時に似ていた。
チョコは僕の目の前まで来ると、ドヤ顔をしながら大きな口を開いた。
そこには、つまりチョコの口の中には、生きたままの鳥のヒナがいた。
チョコは狩りの獲物を自慢げに見せに来たのだ。
そう、もうおわかりだろう。チョコはあの時の僕の命令を覚えていて、僕にほめてもらいたくてこんな事をしたのだ。
ところが肝心の僕はそんな命令をしたことも忘れていた。
なんでチョコがそんないたずらをしたのかわからず、僕は悲しい顔で首をふった。

「チョコ、返してきなさい」

するとチョコは(信じられない)という顔をした。
僕はなおも首を振り、チョコの来た道を指さして「返してきなさい」と繰り返した。
しかしこうなるとチョコは頑固な犬だ。抗議の座り込みをしててこでも動かない。
僕は仕方なく、チョコに拳骨を見舞うふりをした。びくっと首をすくめ、それでも言うことをきかないチョコの口をこじ開け、僕はヒナを取り出した。
ヒナがよたよたと巣に帰っていくのを、僕は申し訳なく思いながら、チョコと一緒にみつめていた。

チョコの理不尽な行動が自分のせいだったと、何週間も前に僕が言った無責任な命令のせいだったと気づいたのは、それからさらに何ヶ月もしてからだった。


できる事ならチョコを抱きしめて「ごめんね」と言いたい。けれどチョコはもういない。
だからせめてもうあんな馬鹿な事は二度とするまい。
そして飼い主は犬のお手本にならないといけないのだと、遅まきながら強く心に誓うのであった。

(続く)

プロフィール

雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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