チョコと僕(おまけ編)

このブログで一応チョコにまつわる話は書き終えた。
僕は仏壇の脇にあるチョコの元気そうな遺影に語りかけた。

「どうやチョコ、これで満足か?」

だが写真の中のチョコはまだ不服そうに見えた。
しかしチョコの話をむしかえす気にもなれないので、生前のチョコの写真でも貼っておこうと思う。



18041501.jpg

これはうちに引き取られてすぐの頃のチョコだ。
当時は気づかなかったが、チョコは食卓に並んだ家族の食事をねだっているのだ。
(だが我が家はそんなに甘くない)

ついでながら、最初に来た晩、チョコは父のベッドにもぐり込んで一緒に寝ようとした。
父はむろん速攻で叩き出した。
(我が家は甘くない)




18041502.jpg

普段はこのようなおとなしい顔をしている。




18041503.jpg

外では凛々しい顔をみせるチョコ。
ええかっこしいである。


あと、ついでにチョコと散歩しながら僕が作った唄も披露しよう。
唄といってもほとんどはお経に毛が生えたようなものだが、中にはメロディらしいものがついたものもあった。
そんな一曲を、僕に代わってミクさんに唄ってもらったぞ。
(下のアイコンの左端をクリックすると唄が聞こえるぞ)






「どうだ、チョコ。これでお前も満足だろ?」



18041504.jpg
「ミクさんにあやまれ」


チョコの終活

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~



飼い犬の話は、大抵が悲劇で終わる。
ここに書く話も例外ではない。
だからせめて、チョコの最後の事はなるべく簡潔に書こうと思っている。


チョコは僕らが思っていたより長く持ちこたえ、その年を越すことができた。
それでも冬の厳しい頃には病状が悪化した。
一日2時間で物足りなかった散歩も、この頃にはチョコの方が帰りたがっていた。
ある夜の散歩の時、僕が河川敷でチョコの鎖を外すと、チョコは僕が行こうとするのと逆の方向に、そのまま家の方に走って行っていった。

「チョコ!」

こんな形でチョコが言うことを聞かないのは始めてだ。
声の届かないところまで行ってしまったチョコを口笛で呼ぼうとして、自分が口笛を吹けないことを思い出した。

スヒ~ッスヒ~ッ

それでも吹けない口笛を吹きながら僕はチョコを追い、家に一番近い階段の近くでチョコを見つけた。
チョコは僕を見ると尻尾をふった。

「どうしたんチョコ」

チョコは申し訳なさそうな顔をした。僕の命令を聞かなかったのを悪いと思ったのだろう。

「しんどいんか? わかったよ、帰ろうか」

僕はチョコを安心させようと笑顔で言った。
チョコは今度は素直に僕の言うことを聞き、僕に抱かれて階段をあがっていった。

そうやってチョコの散歩の範囲は段々と小さくなっていった。
その変化は毎日少しずつだった。けど、気がつくとチョコの散歩はただ家の周りをまわるだけになってしまった。
その頃にはチョコの毛並みのつやもなくなっていた。
おしっこの間隔も短くなり、父は夜中に何度もチョコを抱えては外に連れ出していた。

チョコは何日かに一度、獣医のところで点滴を打ってもらうようになった。そうすると一時的にだがうそのように調子がよくなるのだ。
その点滴の感覚も短くなっていった、ある土曜日の夜だった。

リビングでは僕の家族がくつろいでいた。
父は壁によりかかって座り、チョコはそんな父の両足に挟まれるようにして抱かれていた。
チョコの様子は落ち着いていて、僕も母も弟もそれを眺めて安心していた。
そんなチョコが突然、父の頬をペロペロと舐め始めた。
チョコは父の口の中まで舌を入れてきたが、いつもは嫌がる父も、拒みもせずにチョコのしたいようにさせていた。
チョコのペロペロはいつまでも続いた。
まるでチョコが父にお別れをしているように、僕らにはそう見えた。


翌朝、チョコは朝のヨーグルトを食べようとしなかった。
あれほど食い意地の張ったチョコが、僕がスプーンを差し出しても食べようとしないのだ。
僕はものすごく不安な気持ちになった。
数時間後、自室にいる僕を母がせっぱつまった声で呼んだ。
チョコの調子が悪そうだが、自分は買い物があるから見ていてほしいと。
僕がリビングに行くと、丸まって寝ていたチョコは苦しそうに息をしていた。
日曜で獣医は休みなので点滴をしてもらうこともできない。
もう、僕にできることはなにもなかった。
チョコの傍らで、チョコを抱いてあげるしかできなかった。
両腕で輪を作るようにして抱いてあげると、チョコの呼吸が少し楽になった気がした。それがせめてもの救いだった。
僕は恐れていたその時が刻一刻と近づいてくるのを感じていた。唇の血が引いていくような思いで、僕はチョコを抱き続けた。
母が買い物から帰り、僕が入れ替わりに少し部屋に戻ると、すぐにまた母が僕を呼んだ。
母の声の調子で、僕にはわかった。
慌ててリビングに戻りもう一度チョコを抱こうとしたが、チョコはもう身体を起こすのも危なそうだった。
僕にはそっと両手を添えてやるしかできなかった。
チョコが舌をだらんと垂らした。その舌の色は真っ青だった。
僕は目の前でチョコの息が乱れ、そして小さく消えていくのを母と一緒に黙って見届けた。


チョコは一度も苦しそうな声を出さなかった。
あれほどう○この事で僕らを困らせてくれたチョコが、最後の時には全くそそうをしなかった。
用事で出かけていた父に、チョコは前の晩にきちんと挨拶していった。まるでこうなることがわかっていたように。

僕も死ぬ時はチョコのように死にたい。
きれいに、誰にも迷惑をかけず、静かに看取られていきたい。
でも、きっと無理だろう。苦しい苦しいと声をもらし、う○こを漏らし、みっともなく死んでいくだろう。
だから僕はチョコを尊敬する。
たとえ犬だろうとそんなのに関係なく。

僕はチョコのまだ温かい亡骸を見ながら、僕がチョコの尻尾をドアに挟んでしまった時の事を思い出していた。死ぬ時でさえ鳴かなかったチョコを「キャン」と言わせてしまったあの時、チョコはどれだけ痛かったのだろう。
それを思い出して、僕は場違いだけど微笑んだ。
もう一度チョコを飼えたら、あんなこともこんなことも二度とするまい。
そんな役にも立たない反省ばかりが僕の脳裏をよぎっていった。

母が、庭から摘んできた水仙の花をチョコの身体に添えた。
それが僕ら一家のささやかな弔いだった。



僕の愛犬の話はこれで終わりだ。
ここに書かなかったチョコの思い出はまだまだあるけれど、それでもチョコの魅力は伝えられたと思う。
どこにでもいる平凡な、けれど僕と家族にはかけがえのない思い出をくれた犬のことを。

死んでからもずっと、チョコは僕の心の中にいた。
これからもそうだ。チョコのことを何度も思い出すだろう。
それでも、思い出が消えてしまわないようどこかに書き残して置きたい。
そのささやかな願いは、こうして不完全ではあるが叶えられたと思う。
それが少しでもチョコへのたむけになればと願う。

(おわり)

発病

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~



それは桜の咲き始める時期だった。
家族が、チョコの様子がおかしいと言い始めた。
数日もしないうち、僕にも状況がのみこめてきた。
チョコが散歩の時、フラフラするのだ。
まっすぐ歩けず、ガードレールによりかかるように歩く。
家にいる時でもなにやらぼうっとして、いつもテーブルの足などに不自然な格好で頭を当てている。目もうつろで明らかにおかしい。

チョコは病気だった。しかも日に日に悪くなるいっぽうだ。
原因は今に至るまでわからない。
だが僕には、チョコが今食べているドッグフードが気になった。
そのドッグフードは輸入品だったが賞味期限が白いシールで隠してあった。いつもドッグフードを試食する僕もこれだけは怖くて食えなかった。
僕は半ば強引にそのドッグフードを捨て、別のドッグフードを与えるようにした。
しかしチョコの症状は一向によくならなかった。
家族会議が召集され、とにかく原因を調べてもらおうということになった。

チョコは父の車で大阪市に行き、MRIで検査を受けた。
わかったのは、脊髄のあたりに粒状のものがたくさん寄生しているということだった。
(それが生き物だったのかは覚えてない)

そうなった原因はわからないし、場所が場所だけに手術もできない。
クスリで症状をおさえるしかないという事だった。
僕らがチョコにできることはなかった。獣医の言う通りにするだけだ。

僕はその頃、母屋とは少し離れたプレハブに住んでいたので、チョコの様子がよくわからなかった。
てっきりクスリで小康状態を保っているのかと思い、弟になにげなくそう話した。

「なに言うてんねん」

弟は真っ赤な顔をして言った。

「夜、大変なんやで」

チョコは普段からリビングで寝ているのだが、このところ夜中に目覚めて地面を掘っているという。
床はフローリングなので実際には掘れないが、チョコの掘る音で家族は眠れぬ夜を過ごしているという。
僕はそんなことになっているとは全然知らなかった。
さっそく次の晩、僕はチョコの傍らで寝ることにした。
チョコは表情こそ辛そうだがおとなしくしていた。だが僕が安心してうたた寝し出した頃。

ガサゴソ、ガサゴソ。

弟の言った通りだった。
チョコは一心不乱に地面を掘る仕草を始めた。
これではうるさいだけでなく、チョコも寝付けない。回復などできるわけがない。

「チョコ、チョコ」

僕はチョコに抱きつき、チョコを見つめた。
チョコは心ここにあらずといったうつろな瞳をしている。
僕はそんなチョコを撫でてあやしつけた。

「ねんねんね~ん、ねんねんね~ん」

チョコの表情は僕のことをわかっているのかも怪しいほどだった。
それでもチョコは言うことを聞いて眠ってくれた。見るからに浅い眠りで、寝ている表情も苦しげだったけど。
眠って少しは元気が出たのか、朝の散歩の時間に弟がやってくるとチョコはサッと起き上がった。
散歩に行きたがるチョコに散々踏みつけられ、僕は目覚めた。


チョコと共に眠りチョコに踏まれて起きる何日かを過ごし、チョコはひとりで眠れるようになった。
うつろだった目もはっきりしてきて、僕らの話も聞くようになった。
チョコはゆっくりと回復に向かった。
普通に散歩に行けるようになり、夏頃には病気になる前に近いくらいに体力も戻ってきた。



けど、本当に病気が治ったわけではない。
獣医がくれたクスリは、本当はクスリなどと言えるものではない。
ステロイド系の劇薬で、飲み続ける限りチョコの内臓を破壊していく。
要するに延命治療にすぎない。
チョコは副作用で頻繁におしっこに行くようになった。
一度、家に誰もいない時におしっこを我慢できなかったようで、母が家に帰るとチョコが風呂場で用を足した跡があった。チョコは申し訳なさそうな顔をしていたという。
(どうやって風呂場のドアを開けたのかはナゾだ)

おしっこはともかく、なんとかクスリを減らせないか。
僕らはチョコの様子を見ながら少しずつクスリの量を減らそうと努力したが、うまくいったと思ったら、チョコはまたフラつきをはじめる。その繰り返しだった。
獣医はある程度回復したチョコを見て「信じられない」と言っていたが、僕ら家族はそんな中途半端な奇跡など求めてはいなかった。
僕らが求めたのは、チョコが完全に治ることだけだ。
けど、夏が過ぎる頃にはそれは望んでも得られないことだとみんな気づいていた。
チョコの身体は徐々に弱っていった。河川敷の階段を登れなくなり、階段を抱いて登るようになった。



ある夜の事だった。
僕はいつものようにチョコを河川敷に連れて行った。チョコは階段がつらくなっていたので、スロープになっている場所を選んで降りた。
僕が例によって人けがないのを確かめてチョコの鎖を外し、先にスロープを降りていった時だった。
後ろで不意に、

「ドサッ」

という恐ろしい音がした。
振り向くと、チョコが不自然な格好で倒れていた。
眠ったように地面に横になり、首だけがヘンな方向をむいている。
元気な頃のようにスロープを飛び降りようとして、頭から落ちたに違いない。
ピクリとも動かないチョコを見て僕は絶叫した。

「チョコぉ~っ!!」

小さい頃から声が小さいと言われ続け、高校の時に体育祭で無理矢理応援団に入れられた時でも大声が出せなかった僕が、生まれて初めて心の底から叫んだ。
駆け寄っても身じろぎもしないチョコを僕は抱き抱えた。
しゃがみこみチョコを抱いたまま、1分くらいしたろうか。
チョコがうっすらと目をあけた。

「チョコ」

チョコは僕を見て起きあがろうとしたが、またへなへなと倒れ込んだ。
僕はまたチョコを抱きしめる。
チョコはもう一度、今度はしっかりと立ち上がった。
そしてもう大丈夫とばかり、身体を前後左右に揺らしてけなげにもファイティングポーズをとった。元気だった頃のように。
それでも僕は首をふり、チョコに首輪をつけ、ゆっくりまっすぐ家まで帰った。
家に帰ってから調べると、チョコは下あごの部分を切ってそこから血が出ていた。
スロープを跳びそこね、モロに地面にあたりアッパーを食らったようになって気絶したのだろう。

チョコは自分の身体の異変を不思議に思っていたに違いない。
だけど僕らにはわかっていた。
それはつらい日々だったけど、それでもその日々が一日でも長く続くことを、僕ら家族は願っていた。

(続く)


痛恨のミス

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~


僕はまったくひどい飼い主だった。
何度もチョコにいたずらしたりからかったりした。
それはチョコがかわいかったからだし、頭のいい犬だったからだ。
だからといって許されることばかりではない。


たとえば散歩で河川敷に行った時、僕は犬の登れっこない堤防を自分ひとりで登り、

「ばいばい」

と手を振ってチョコをおいてきぼりにしたことがある。
少しばかりチョコをからかっただけのつもりで、僕はチョコがどうするのか隠れて見ていた。
チョコは何のためらいもなく、全力で堤防を登ってきた。
勢いをつけて急斜面のコンクリの壁を中程までは登るものの、ずりずりと落ちていく。それでも構わずチョコはトライし続ける。
あんな事してたらすぐに肉球がボロボロになってしまう。

「チョコ、うそや。ごめんな」

僕はあわてて降りていった。
(後で知ったが、父もまったく同じことをしていた)

犬は利口だが、冗談は通じないのだ。
この経験でわかっていたはずなのに、僕はいい気になってまたチョコをからかってしまった。
それは取り返しのつかない、僕の最大の失敗だ。



その日、会社に行く前に僕はチョコとボール遊びをした。
ひととおり遊んでチョコの足を洗い、僕はチョコを玄関に入れた。
チョコはいつものようにリビングのドアの前に立ち、母がドアを開けてくれるのを待っている。
その時、僕のいたずら心がむくむくと頭をもたげた。
僕は家の外で身をかがめ、玄関のガラス戸にチョコに見えるようおおげさに動き、ガラス戸をガリガリこすった。

「う~」

僕はうなりながら玄関の戸を開けた。
チョコはそんな僕を見て恐怖にかられた。
チョコがなにより恐れること。それは口にくわえたボールを取られることである。
それを承知で、僕は四つ足でチョコに近づき、低いうなり声をあげてチョコに顔を近づけた。
チョコの恐怖はマックスに達した。
ボールをくわえたまま、チョコも低くうなり僕を横目で睨む。
そこで止めておけばいいのに、僕がなおも顔を近づけた瞬間、

ひゅん。

何かが僕の目の前を通った。
次の瞬間、僕は鼻から血を流していた。
チョコにかまれたのだ、とその時ようやく気づいた。
僕は急いで洗面所に行き、噛まれた場所を鏡に映した。
鼻の真ん中より少しずれたあたりに、キリで開けたような見事な穴が鼻孔まで貫通していた。
血がどくどくと出ていたが、興奮していたせいか全然痛くなかった。
当のチョコは自分のしてしまった事におびえて、あたりをぐるぐる回っている。
僕は会社に行く準備があったので、チョコにかまっているヒマがなかった。
とりあえずリビングのドアを開け、

「そこに入っとり」

と言うと、チョコは弾かれたように中に入っていった。
僕はそのまま会社に急いだ。家族には何も言わなかった。

鼻に大きな絆創膏を貼り、会社では「顔を打った」とごまかして仕事をした。
血は2時間ほど止まらなかったが、相変わらず痛くはなかった。チョコの牙は見かけよりよほど鋭いのだろう。
噛まれたあの時、僕は飛び掛かってくるチョコに全然気づかなかった。勝負はほんの一瞬だった。いざとなった時の動物の反射神経はすごいと思った。
飼い犬に手をかまれるどころか鼻を噛まれるなんて。それもおとなしいラブラドールに噛まれるなんて、なんとみっともない事だろう。

それより問題はこのあとだ。
チョコは今ごろ、自分のしでかした事におびえているだろう。
もちろんチョコは悪くない。帰ったらチョコを安心させてあげないと。
僕は自分が全然怒ってないと教えてあげたかった。
が、僕の伝えかたは最悪だった。

僕は家に帰ってチョコの顔を見るなり、チョコにむかってごろごろと腹をみせた。

「全然怒ってないよ」

と伝えたかったのだが、チョコは完全に誤解してしまった。
僕がチョコとの戦いに負けて降参したと思ったのだ。
今まで時間をかけて積み上げてきたチョコとの信頼関係は、こうしてたった一日で費えてしまった。
それ以来、チョコは僕がボールを取ろうとすると「う~」と威嚇するようになったし、耳に息を吹きかけると牙をむくようになった。
僕の事を自分より格下と見るようになってしまったのだ。
家族さえ気づかない微妙な変化だが、僕とチョコの間には壁が出来てしまった。
残念だが、悪いのは一から十まですべて僕だ。
だから時間をかけて、少しずつ元の関係に戻していくしかない。


だが、僕とチョコの関係が完全に元に戻ることはなかった。
そんな時間はもう残っていなかったのだ。

(続く)

犬と人のボディランゲージ

~ 我が家には一匹の犬がいた
「チョコ」という茶色のラブラドールが
これはチョコと僕の、愛と勇気の物語である ~



犬にも猫と同じで肉球がある。猫みたいに自在に出し入れはできないが。
足の肉球は犬の数少ない弱点ではないかと思う。
肉球で歩き回るには人間社会は過酷だ。
地道はともかく、アスファルトは犬が肉球で歩くようにはできていない。
きっと夏は鉄板の上を歩くような心地だったろう。
そして冬は冬で大変だ。

あれはもう年の瀬に近い頃。
僕はいつものようにチョコと散歩に行こうとした。
大騒ぎをして玄関に降りるところまではいつも通りだったが、そこで異変が起きた。
玄関まで降りたチョコは、そこでお座りしてしまった。
また立ち上がってはまたお座り、その繰り返しだ。

「さっぱりわからん」

チョコの謎の行動に弟は首を傾げた。
だが僕には心あたりがあった。
前の晩、チョコが足を気にするそぶりを見せていたからだ。

「足、痛いんやな」

僕はチョコにそう話しかけ、続いて母に言った。

「お母さん、包帯巻いたって」
「よっしゃ」

母は二つ返事で引き受けてチョコをリビングに連れ戻した。
やはり肉球がひび荒れをおこしていた。
軟膏を塗り、母はチョコの足にてきぱきと包帯を巻いた。
けれど今夜の散歩はお休み、とはいかない。
こちらとしてもチョコにおしっことう○こを済ませてほしいし、チョコは散歩に行きたいだろう。
僕はチョコの包帯の上からコンビニの袋をかぶせ、輪ゴムで止めて応急処置とした。

「チョコ、ちょっとだけ行こか」

僕はチョコを興奮させすぎないよう、そろりと玄関を出て静かに散歩に出かけた。
いつものように走ったりはせず、家の近所をゆっくり回るだけにした。
チョコのう○こを見届けて、すぐさま引き返した。

「また明日な、チョコ」

僕の言うことを理解してるのか、少しの散歩にもチョコは嫌な顔をしないで素直に帰った。


驚いたことに翌日にはチョコの足は治っていた。
形ばかりの包帯をしてコンビニ袋を被せ昨日と同じように夜の散歩に出かけたが、途中で袋も包帯もほどけてしまった。
それでもチョコはすたすた平気で歩いていく。
家に帰って足の裏を見ても、もうひび荒れの跡はみえない。
犬の回復力はすごいものだと思った。


数日後、相変わらず寒さの厳しい夜だった。
僕が自分の足の裏に軟膏を縫っていると、寝転がっていたチョコが顔だけこっちを向けて様子を見ている。
手招きすると、チョコは起きあがって僕の傍らに寄り、こちらに足を向けて寝ころんだ。
足の裏に軟膏を塗ってやると、チョコは首を持ち上げて僕の手の甲をペロペロと舐めた。
その年の暮れは、こうして過ぎていった。



そんなふうに打ち解けていくにつれ、チョコは僕に変なサインを送るようになった。
たとえばチョコと遊んでいると、チョコは僕に顔を向けて人間の子供がやるように、

「イ~ッ」

と、口を少し開け綺麗に並んだ歯をみせる。
その意味はわからない。
だがチョコは僕と何かコミニュケーションを取りたかったのだろう。
あと何年かすれば、僕はチョコと身振りで会話できるようになるのでは、とさえ思いはじめていた。
このままチョコと僕の信頼関係が続くなら。


だけどそんな関係はあっけなくつぶれることになる。
僕がとんでもないミスをやらかしたせいで。

(続く)


プロフィール

雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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