『ブレードランナー2049』

先に言っておきますが、ネタばれの可能性大です。
映画を見てない人、これから見たい人はご注意を。



『ブレードランナー』は私の好きな映画です。
とはいえ熱狂的というほどではありません。
いくつもあるバージョンの全てを見たわけではないし、バージョンがいくつあるのかも知りません。
レンタル屋で借りて見てる時点でファン失格です。
作品の価値は理解しているつもりですが、そのわりにこの作品への態度は我ながら冷淡と思えるほどです。

だから続編の『2049』が作られていると知った時(つい最近)も、
「ふーん」
と思っただけ。
そんな私ですが、先日ラジオから不意に流れてきた『ブレードランナー』のエンディング曲を聞いた瞬間、むしょうに続編が見たくなりました。
(音楽の力は偉大ですね)
そんなわけで近所の映画館に見に行ってきました。


上映開始が夜の9時半。軽く2時間半を越える長編だったので帰宅は12時を回っていました。翌日が仕事なので熟睡しなきゃいけないのですが、なかなか寝つけませんでした。
「興奮するほどおもしろかった」という事ではありません。自分にとっては映画館に行くことそのものが興奮体験なのです。
寝床で、抜けそうな奥歯を舌でいじりながら、見たばかりの映画を反芻していました。

映像は紛れもなく『ブレラン』そのものでした。
あの、もやに煙ったロサンゼルスの街、煙草の匂いが似合いそうな独特な世界観。
(隣の席からポップコーンのあま~い匂いが漂ってきてたのが残念でしたが)

まあよくぞあそこまで再現したといいたい。前作のファンならそれだけでお金を払う価値があるでしょう。
けれど、何か違和感がぬぐえない。
細かいところが、いろいろひっかかります。

主人公のKがレプリカントとして差別される執拗な描写は見ていて不愉快でした。前作でもそう臭わせてはいましたが、この映画ではあからさまないじめでした。
そして頻繁に出てくるヌード。といっても『ブレラン』ではおなじみの3D広告だったり、あるいは廃墟の街(ラスベガス!?)に残された彫像だったりですが。別にヌードが駄目とは思いませんが見せ方が下品です。
並の映画ならともかく、前作がセンスのかたまりのような映画だっただけにどうしても比較してしまいます。
(改めて前作の偉大さを痛感)

そしてストーリーそのものもテーマの訴えかたも、どこかピントがぶれているし、なんといっても尺が長すぎる。
Kが廃船の炉の中に隠した宝物を見つけて自分の正体に気づく(と思いこむ?)カットは長すぎると思うし、後半に伝説の男に出会う一連のシーンで延々と流れるプレスリーの映像には何の意味があるのかさっぱりわかりません。
バッサリ切れる箇所が何カ所もあると思いました。

そこまで考えて、先日見た『マッドマックス 怒りのデスロード』を思い出しました。
どちらも名作の続編で、どちらも渾身の作品です。
けれど『マッドマックス』の新作が手放しでほめられるのに、『ブレラン』の新作には疑問符がつく。この差は何か。



翌日も電車の中で反芻は続きました。帰りの電車の中でも。
それだけ考えさせられることの多い映画だったのです。
で、思いました。結局は編集の優劣が両作品の明暗を分けたのではと。

『マッドマックス』最新作では何百時間と撮り溜めた映像を取捨選択し容赦なく切り捨てていった。そこには監督の奥さんの力が大きかったと聞きます。
自ら撮ったフィルムへの愛着が強すぎる監督本人に比べれば冷静で、けれど監督の目線から離れすぎず、そしてジョージ・ミラーという巨匠に対して遠慮なく意見が言える「嫁」という絶妙なポジションが、この場合とてもプラスに働いたのではないか。
(『この世界の片隅に』の浦谷女史の活躍も併せて考えると、名作を生むキーマンは『嫁』という気さえする)

『ブレラン』新作には、このポジションの人がいなかったんじゃないか、監督に対して容赦なく切り込める人がいなかったんじゃないか。
それがこの映画への、私なりの評価です。
「明暗を分けた」というのは言い過ぎですが、キャラの魅力も足りなかったと思うし(ジョイちゃんを除く)、名セリフがちりばめられた前作に比べ、今作で心に残ったセリフというのも特にありませんし。
(自分の感性が鈍っただけかもしれないが)



いちおう自分なりにそういう結論に達した後も、ずっとこの映画の事は頭にへばりついたままです。
『ブレードランナー』ってこれこれこういう映画でしたよ、と簡単にケリのつく映画じゃないですからね。なにぶんテーマが深淵です。
レプリカントとは何か、それを考えるほど「人間とは何か」を否応なしに考えされられますから。
しかし(くどいですが)テーマが深淵だからこそ、この映画のシナリオの「あら」も見えてきてしまいます。
主人公のライバルとなる「ラヴ」は悲惨な最期を迎えますが、彼女がウォレス社にとって有能であれば、第二のラヴが作られても何の不思議もありません。おそらく彼女の記憶もどこかに保管されているだろうし。
敵が死んでおしまい、というのはレプリカントを前提とした世界では成り立たない。
主人公のKにしても、人間を作り出す技術がある世界なら、あんな刺し傷が致命傷になるとは思えないし。
(まあ本人が生きる希望も意欲も失ったのでしょうが)

4年の寿命が決められていた旧式と違い寿命のリミッターがないネクサス8型9型が跋扈する『2049』の世界では、「死」や「老い」という概念が今とはまるで違い、そこには新たな価値観や新たな苦悩もあるはず。
なのに、映画そのものは「登場人物は死んだら終わり」になってる。自らが作り上げた世界観なのに、そこに生まれるであろう新たな葛藤を描ききれていないのが、なんとももどかしい。
(それにしてもウォレスのおっさんは自分の目を治そうとか思わんのかね?)


けれど見終わったあとにすっきりしなかった一番の理由は、
(私だけじゃないでしょうが)
主人公が何の救いもなく死んでいったことでしょう。
人間に反抗しないよう作られた新型のネクサス9。ならばなぜ、「怒り」という感情は残したのか。仮想の恋人が必要なほど愛情に飢えていたのか。なぜ人の欲望は残したのか。
いっそ全ての感情を亡くして生まれたほうが彼にとっては幸せだったかもしれないのに。

『ブレードランナー』にハッピーエンドを求めるのは野暮というものです。けれど希望のかけら、未来の木漏れ日程度は見せてほしかった。
それが一番、残念な点です。



ここまで散々に酷評してしまいましたが、一方で「よくぞ作ってくれた」とも思っています。
(むしろその気持ちのほうが強いです)

もはやレジェンドといえる不動の評価を持つ傑作を、世界観を損なうことなく前作のファンを納得させる映画を作り上げた、それ自体が凄いことだと思います。
『スターウォーズ』エピソード7もそうした配慮やSWシリーズへの敬意、愛情に溢れていましたが、『ブレラン2049』も負けず劣らず、前作への敬意と愛がこもっていました。それは誰にも否定できないと思います。

だからこそいろいろと細かい点を突っ付いてしまったのも、私の『ブレードランナー』への愛情の裏返しだと思ってください。
そういう意味では「自分で思っていた以上に自分は『ブレラン』が好きだったんだ」と再認識することができました。


長々と書きましたが、最後に結論です。

ジョイちゃんかわいい☆


今さら「シンゴジ」

ネットが繋がらなくなってあたふた。
数時間を無駄に費やしてしまいました。
そんなわけでこんばんはです。
妙に目が冴えて、眠らなきゃな時間に眠れそうにないのでブログでも書きます。


レンタル屋で借りた「仮面ライダーアマゾン」を堪能中なのですが、もう一枚借りたDVDがあります。
そう、「シン・ゴジラ」です。今さらですけど見ておきたくて。
カレーを作りながらという駄目駄目視聴でしたが。
でも結局最後まで見ませんでした。どうも口に合わなくて。

「情報量の多い映画」というのは事前に聞いていました。
情報量の多い映画というと、近年では「マッドマックス」「君の名は。」「この世界の片隅に」といった映画を思い浮かべます。
(3作とも全然違うけど)
確かに「シン・ゴジラ」も情報量多いといえば多いけど、それは主にセリフによるものでした。
それが凄く違和感がありました。
「無駄なセリフを省く」というのがよい映画の条件だと、無意識的にも意識的にも思っているので。
もちろんわざとやってるんでしょうけど、見ていてとても疲れます。やり方はどうでも面白ければ勝ちなんでしょうが。私は面白いと思いませんでした。
逆にセリフ劇で済ませるなら「予算1/10で作れるんじゃないこの映画」とも思ってしまいました。

評価の高い映画なので、こんな感想を抱く私のほうが少数派なのでしょうが、こんなふうに感じた者もいるという事で。

さよならは言いません

ちょっと急いでます。明日の早朝に鈴鹿に旅立つので。
けれどこれだけは書いておきたくて。
作詞家の山川啓介さんがお亡くなりになられました。謹んでご冥福をお祈り致します。

山川さんは数多くの特撮ソングの名曲を手がけてこられました。ここではいちいち取り上げませんが、その功績は計り知れません。
今回の訃報を新聞で読んで改めて知ったのは、山川さんの仕事の幅広さでした。
「この人、こんな歌も書いてたのか!」
歌謡曲、アニメ曲、特撮ソング、そして子供向けの歌。本当にいろんなジャンルを手がけられていたのですね。
特にびっくりしたのはソフマップのイメージソング『ハロー・ソフマップワールド』です。確かに名曲ではあるし、言われてみれば、
「心のスイッチ、オンにして」
なんて文句なしの山川節ですね。
『北風小僧の寒太郎』が山川さんだったのも驚きです。
近所の小学校では冬の朝、毎日のようにこの歌を大音量で流していました。そのたびに父が一緒になって
「カンタロ~~~っ!!」
隣近所はおろか小学校まで届けとばかり大声で叫びだすのが、とても恥ずかしかったのをよく覚えています。

たとえ作詞者の名は知らずとも、日本人の心に深く刻みこまれた山川ソングの数々。
そのどれもが聴く人に元気をくれる、勇気をくれる、そんな名曲ばかりでした。
そんな山川さんの魂ともいうべき楽曲の数々は、これからもずっと多くの人の心の支えになってくれることでしょう。
(もちろん私もその一人です)


最後に、そんな山川さんの数多の詩の中から、この場を借りて一曲だけ聞かせてください。
今はむしょうにこの歌が聞きたい気分なので。




【ぼくのミシシッピー】
作詞:山川啓介 作曲:服部克久 歌:日下まろん


さよならは言いません。
ありがとう、山川さん。

映画にう・つ・つ

去年の暮れに、
「これからは映画見るぞ」
と映画館の会員カードを作りました。
そのカード、一度も使ってません。
TOHOの会員になったつもりが、なぜか別の映画館の会員になってたようで。
(なんばTOHOの券売機にこのカードをねじ込んで恥をかきました)
そんな事もあり、今まで通り映画館とは無縁の生活を送ってます。

今日は最近見た3本の映画を語りますが、見たといってもレンタルしたものです。



・『マスター・アンド・コマンダー』2003年

最近私がはまっている小説「ジャック・オーブリー」シリーズをハリウッドが映画化した作品です。
期待半分、不安半分で見ましたが見始めてすぐ、

「くっそつまらん」

原作に砂糖と脱脂粉乳を混ぜて水で50倍に薄めたのかという感じ。
あの名作のどこをどうこねくり回せばこうなるんだと言いたくなる、そんな映画。
長編の原作のエッセンスをつまみ食いする懐石料理のような映画にするつもりが、メリハリを知らぬスタッフが原作のエピソードをまんべんなく盛り込もうとした結果出来た、ただの平べったい映画。
そんな感想しか抱けず、とてもじゃないけど最後まで見れませんでした。

でもブログに感想を書くのに最後まで見ないのもなあ… と、先日カレーを作りながら再視聴。
途中からなぜか両親も一緒になって見ました。
(一緒にわいわい言いながら見ると、同じ映画でも面白く感じますね)

改めて見直すと、最初に思っていたよりはきちんと作られている映画だと思い直しました。なによりセットとなる船(サプライズ号)が本物の帆船を使ってリアルに描かれているのがいいです。
しかしこの映画を見た人が「よし原作も読んでみよう」という気になるかというと、うーん。
話が地味で、観客に訴える力が弱い気がします。
そこは原作も派手な戦闘シーンばかりではなく日常の平凡な生活の描写も多く、むしろそのあたりのリアルな描写が魅力ではあるのですが。
でも原作の一番の魅力は、何といってもジャック・オーブリーとスティーブン・マチュリン、二人の主人公そのもの。
単なる有能な艦長、有能な船医で終わらない魅力を持った二人。この二人に焦点を絞りこの二人を描ききれば「そこそこの良作」で終わらなかったと思うのですが。
とはいえ卓越した作家の筆の冴えをスクリーンに再現できる監督などそうそういないでしょう。そう思えば、まずまずよく出来た映画なのでしょう。
ま、結論としては
「しょせんハリウッド映画」ということで。



・『ブレードランナー』1982年

最初に『マスター・アンド・コマンダー』をあれだけ酷評してしまったのは、きっとその前に『ブレードランナー』を見てしまったからでしょう。
この傑作SFに比べたら、大抵の映画は色褪せて見えてしまいます。
いい映画ですね『ブレードランナー』。
久しぶりに見ましたが、いいものはいい。

この映画についていちいち紹介するつもりはありません。映画ファン、SFファンなら見ているのが前提の映画なので、あくまでも今回見て改めて気づいた事を重箱の隅をつつくように語るだけです。



・うどん

「フォー、フォー」
「ふたつでじゅうぶんですよ」
冒頭の有名なシーンですが、それより気になったのがその後のシーン。
警察のエアカーに乗せられたデッカード、助手席でうどんを食べてます。
むしろこのシーンのほうがつっこみどころ満載かと。

「絶対車酔いしそう」
「間違いなく汁がこぼれる」
「私が運転手なら絶対「やめて~」って言う」

運転してるガフはいかにも綺麗好きなので絶対嫌がると思うんですが。
それとも未来のうどんはこぼれないように出来てるんでしょうか。だとしたら素晴らしい技術です。
未来といってもたった2年後ですが。頑張れ日清。


・張り込み
踊り子のゾーラを怪しいとにらんだデッカード、廊下の隅で新聞を読むふりをしながら見張っていますが、今のご時世そんな事をしてたら目立って仕方ありません。
時代を超えた名作とはいえ、そこらに時代を感じます。


・タバコ
レイチェルがタバコを吸いまくってますが、自作派としての経験から言わせてもらえば喫煙者のパソコンは最悪です。内部はヤニで真っ黒け、メンテナンスする気も失せます。
おそらくレイチェルも定期検診の際には担当者に「うっ」とハンカチで口を押さえられることでしょう。
タイレル社長、今からでも彼女に禁煙を勧めてください。タバコ、よくない。


・エロい
デッカードとレイチェルのキスシーン、とんでもなくエロいっす。なんつーかデッカードの高圧的な態度が。


・チェス
センスの固まりのようなこの映画ですが、一番うならされるのは、ロイがタイレルに会うための口実として考えたこのチェスのシーン。何度見ても「センスいいなあ」と思います。
ネクサス6型の知性。冷血に見えるタイレルの人間臭さ。止まったエレベーターの中、ロイの傍らで成り行きを見守るしかないセバスチャン。
三人三様の思いが描写されるこのシーン、もう全てが素晴らしい。


・ロイの最後のセリフ
名シーン、名セリフがオンパレードなこの映画の中でも一番印象的なのは、やはり最大の敵ロイが死ぬ間際デッカードに語りかけるあのシーンでしょう。
それには同意しつつ、あのセリフの中身にはどうも納得できない。
「オリオンのうんたら、アンタレスのどうたら」
ロマンチックではありますが、実際に宇宙旅行した者のセリフとしてリアリティに乏しい。
「オリオン座」とは地球からの方角を示す言葉にすぎず、星座を構成する星々は互いにとんでもなく離れている。それにロイが語る星々は地球から何百、何千光年と離れていて、とても4年の寿命の者が行って帰ってこられる距離じゃない。
要するにロイの言葉にはリアリティがなく、原作者のファンとして言えばディック作品らしくない。
このセリフはロイ役のルドガー・ハウアーが半ば即興的に考えたらしいですが、ここだけがSF考察的にお粗末なのもそう考えれば納得できます。
とはいえ私はこのセリフを批判するつもりはありません。そういうちぐはぐさも含め、これが『ブレードランナー』という映画であり、私はこの映画がこよなく好きです。



私は原作の小説もこの映画もどちらも好きですが、実は両者は似てません。デッカードは原作では妻帯者でハゲで中年のおっさんだし、へび使いは原作ではソプラノ歌手だし、タイレル博士は序盤に出てくるだけだし、セバスチャンは… というふうにむしろ原作と映画の共通点を探すほうが難しい。
原作でクローズアップされているのはアンドロイドそのものよりも、人間の「他の生命体への共感」です。
(映画にも出てくる「フォークト・カンプフ検査法」はアンドロイドと人間の他生命への同情や共感の違いを利用している)
そして原作の世界観の大きな軸の一つである「マーサー教」についても原作はばっさりカットしている。
むしろ映画は原作を叩き台にして新たな世界観を作っている。にも関わらず『ブレードランナー』は原作のディック的な本質をとらえている。それがこの頃のリドリー・スコットの凄み、腕の冴えだと思います。


『ブレードランナー』は不遇のSF作家ディックの作品の最初の映画化でした。
(ディック本人は本作の上映直前に永眠)
そして死後彼の名声が高まるにつれ雨後の竹の子のように彼の作品は次々と映画化されていきます。
しかしどれひとつとしてディックの志を映像に出来たものはなく、ましてどれひとつとして『ブレードランナー』の足元にも及ばない。
ディックはこの映画の制作に立ち会い、それが自分の原作とまるで違うことを知りつつもこの映画をほめた。それはこの映画が本質では彼の小説の描く世界観と同質のものであると感じたからでしょう。それは監督がこの原作を、ディックの作家としての本質を深い次元で理解していたからだと思います。
1980年代というSFが最後の輝きを放っていた時期に、優れたSF作家と優れた映画監督が作り上げた『ブレードランナー』。
まさに傑作という言葉がふさわしい映画だと思います。
SFというジャンルに再び光が当たる日まで、これを超えるSF映画は作られない気がします。
それはそれとして、もしも生きてる間にエアカーに乗れたら助手席でうどんを食べたいと思います。



・『マッドマックス・怒りのデス・ロード』2015年

一緒に借りた『ブレードランナー』はガチの安牌。
『マスター・アンド・コマンダー』は正直最初から期待せず。
なので、今回借りた3本の中で一番期待してたのはこの『マッドマックス』最新作でした。
いやあ、期待通り、いやそれ以上でした。
比較的最近の作品なのでまだ見てない人もいるでしょうが、私は非常に、非常に楽しめました!!
これを見た後でも『マッドマックス』(1作目)は楽しめるでしょうが、これ見た後だと『マッドマックス2』のほうはもう見れない、そんな気がします。
この映画を見て私も久々に車を運転したくなりました。
V8! V8!


私の映画遍歴

年に一度行くか行かないか。
そんな私が去年は4度も映画館に足を運びました。おそらく自己記録。
今年も既に行きました。そして今後も行く気満々です。
なにせTOHOの会員カード作ったくらいですから。
自分でも信じられないほどの豹変ぶり。
そのきっかけは間違いなく『君の名は。』です。

「映画って面白いな」
「映画はやっぱり映画館で見るべきだな」

そんなきっかけを作ってくれた『君の名は。』には感謝しないと。
(そしてこの映画を勧めてくれた人たちにも)


それにしても、自分はなんで今まで映画館に足を運ばなかったのか。
思い返すに、過去に見に行った映画がつまらなかったからです。
当たりもありましたが、相当外ればかり引いてた気がします。
というわけで、私が映画館に見に行った映画を、思い出せる限り列挙してみます。
題して『エトワ-ル☆の外れ映画人生を振り返る』。



『ゴジラ対ヘドラ』
記憶する限り、生まれて初めて見に行った映画。
小学校入学前後に親に連れて行ってもらいました。
その後の映画人生の迷走を暗示するような作品です。



『スヌーピーとチャーリーブラウン』
小学生高学年の時、弟を連れて電車で難波へ見に行きました。
子供だけで都心に出るのは初めてのこと。
当時の私にとっては大冒険でした。



『スターウォーズ』
中学の時、部活仲間で大挙して見に行きました。
その時初めてマクドナルドという所に行き、田舎者丸出しでドキドキしながら注文した際、店員に購入特典をちょろまかされました。
以来マクドへの不信は現在まで続いてます。



『風の谷のナウシカ』
兄弟3人で見に行きました。
下の弟は上から下まで青ずくめの服に身を包み(青色のとんがり帽子までかぶってた)観客から大いに注目されてました。
弟としては普段着で見に行っただけなのですが。



『劇場版ダーティペア』
独り暮らしを初めて一年目、朝日新聞のタダ券もらって見に行きました。
あまりにひどい出来にびっくり。豪華なスタッフ名の並ぶエンドロールに二度びっくり。TV版は面白かったのに。
唯一の救いはエンディング。セクシーなアニメと松原みきの歌は最高でした。



『Let's豪徳寺』
たまたま主演の三田寛子が舞台挨拶に来てました。が、壇上に登ろうとしていきなり階段で派手にコケてました。
駆け出しのお笑いみたいなパフォーマンスが強烈すぎて映画の中身はほとんど覚えてません。
同時上映は南野の『はいからさん』だったかな?



『サクリファイス』
タルコフスキーの遺作。
悪い映画じゃないですが、男二人で見に行ったのが基本的に間違ってた気がする。



『めぞん一刻』
熱狂的なファンがいる原作を大胆に改変し賛否両論を巻き起こした問題作。
まあ私は「ありかな」と思いましたが。
それより同時上映の『ア・ホーマンス』がひどかった。ファンでもない私としては、松田優作は『探偵物語』(もちろんTV版)だけで十分です。
(『野獣死すべし』!? いや角川映画は好きじゃないので)



『プライド・ワン』
バイクの世界選手権の映像の寄せ集め。
好きなライダーの懐かしくも貴重な映像が見れましたが、これを「映画」というのはどうかと。



『銀河英雄伝説』
初のアニメ化を歓迎して見に行きましたが、出来は可もなく不可もなく。
これも同時上映の『最終教師』がひどかった。芦田豊雄が監督して許されるのは『アラレちゃん』だけだと思う。
というかそもそもカップリングおかしいでしょ!?
(そーいえば「同時上映」って最近聞きませんね)



『私をスキーに連れてって』
何でこんなもん見に行ったんだろ?



『帝都物語』
当時は実相寺監督の過去の業績を知らずに見に行ったのですが… 
知った今でももう二度と見たくありません。



『火垂るの墓』『カリ城』『ナウシカ』『ラピュタ』『トトロ』
お得なオールナイト5本立てを見に行きました。
しかし初っぱなのボディブローが鬱すぎる。
この時のお目当てはラストの『トトロ』でしたが半分寝てました。結局トトロは今に至るも通しで見たことありません。



『ストーカー』
これもタルコフスキーの傑作。
我ながらいい選択肢だったと思う。



『クールランニング』
自分で見に行った映画の中では最上級の大当たり。
なのですが一緒に行った彼女が自分の手柄のごとくドヤ顔してたのがムカつくんじゃ!



『未来世紀ブラジル』
これを見に行った私を自分は褒めたい。
ちなみにカップリングは『シルバラード』だったか?
SFと西部劇ってどんなカップリングじゃ!



ノルシュテルン作品てんこ盛り
当時首都圏に住んでいたメリットのひとつが、こうした企画ものの上映に恵まれること。
安牌なのがわかりきっていたので、そういう意味で面白味はなかったですが。
ちなみに私は『話の話』より『霧の中のハリネズミ』のほうが好きです。



『シザーハンズ』
なんでこれ見に行ったんだろ?
(いい意味で)



『キャンディ・キャンディ』
『Marco 母を訪ねて三千里』

いずれも過去の名作のリメイク版。
私がアニメリメイク恐怖症に至った要因でもある。



『エスカフローネ』
会社の後輩を誘っていきました。
後輩は満足してましたが、当の私は「…」
たとえTV版と同じスタッフを揃えても、あの奇跡的名作を再現するのは難しかったか。



『ジャンヌダルク』
こちらはその後輩に誘われて行きました。
前半完璧、後半失速。惜しい映画だ。



『スターウォーズ・エピソード1』
誘われたら断れない映画それがスターウォーズ。
しかし大スクリーンだから許せましたが、TVなら見る価値もない作品でしたな。



『同・エピソード3』
駄目とわかってて見に行きましたが、想像の上を行く駄作でした。



『ハウルの動く城』
『風立ちぬ』

宮崎アニメもなんだかんだで誘われるし、断れません。
自分自身のアニメ原体験が『ハイジ』『マルコ』『コナン』なこともあるし。
『千と千尋』『もののけ姫』あたりも映画館行ったかもだけど覚えてません。



そして去年は『スターウォーズ・エピソード7』『君の名は。』『この世界の片隅に(2回)』と見てきました。


wikiとかで調べず記憶だけで書いたので年代とかデタラメかもしれませんが、今まで映画館で見た大半の作品を羅列できたと思います。

こうして見ると「意外といい映画見てるじゃん」とも思えますが、やはり外れ率も多く、何より絶対数が少ないですね。
逆に「なんであれ見に行かなかったの?」って映画がいくつもあります。
『惑星ソラリス』『ブレードランナー』『ムトゥ』……
最近だと『マッドマックス怒りのデスロード』や『シン・ゴジラ』も見とくべきだったなあ。

果たして今年はいい映画に出会えるでしょうか。
去年が豊作すぎたので、そこまで期待はしてませんが。

プロフィール

雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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