「まほろさんファースト」(1)

先日は『コメットさん☆』のパロディ小説を書いてみました。
この際なので、以前書こうとしていた『まほろまてぃっく』の書きかけ小説も、この場を借りて書いてしまおうと思います。
すみませんが、またお付き合い下さい。

タイトルは「まほろさんファースト」です。
それではよろしくお願いいたします。





 暗くて狭い艦内通路のその奥に、私がまだ足を踏み入れたことのない部屋がある。
 誰が書いたか、お世辞にも上手いといえない筆跡で「司令公室」と慎ましく掲げられたプレートがなければ、見過ごしてしまいそうなドアの前。
 いつも気になっていたそのドアの前に、私は立っている。
 きっと、いくぶん緊張した面持ちで。
 まだ着慣れない制服のオレンジ色のネクタイをもう一度締め直し、ついてもいない肩の埃を払い、それから小さく息を整えて、私はドアをノックした。

「V-1046Rまほろ、ただいま参りました」

 直立不動で耳を澄ます。
 返事はない。
 私はもう一度、いくぶん強くドアをノックする。

「美里司令。郡司技術官からお預かりした書類を、お届けにあがりました」

 やはり返事はない。私に装備されている高性能対人センサーも、中に人の気配がないことを告げている。

「失礼します」

 ノブに手をかけると、ドアはあっけなく開いた。

(司令公室に鍵がかかっていないなんて……)

 規律よりも好奇心が、つい先に立つ。
 私は通路の左右を見回して誰も人がいないのを確かめ、誘われるように中に足を踏み入れた。
 丸窓から差すはずの日差しさえない、真っ暗闇の室内。部屋に染みついた、むせるような煙草の匂いが不機嫌そうに私を出迎える。足元に何か柔らかいものが当たり、ゴソゴソと音をたてる。
 何やら嫌な予感にさいなまれながら、私は手さぐりで壁のスイッチをつけた。

(ああ…… なんてことでしょう)

 目の前に現れたのは、ただ一面の無秩序だった。
 本棚はもちろん、艦内には不似合いな木製の机の上から下から床の上に至るまで、およそ無造作に積まれた本と書類の山。
 わずかに残った床面を埋め尽くすのは、内容不明のビニール袋の花畑。
 文字通り足の踏み場もない部屋にかろうじて確保された来客用ソファの上には、小汚い毛布と広げられたままの雑誌。床に直置きした灰皿には吸殻のピラミッドが、テーブルの上には食べ散らかしたカップ麺の容器が積みあがっていた。
 そう、それはあたかも混沌という名の暴力。

(こんな事って……)

 これはかりそめにも戦闘艦艇にあってはならぬ光景。
 まして、そこが司令公室であればなおの事。
 信じたくない光景を目の前にして、私は自分の中に内なる闘志がふつふつと沸き立つのを感じていた。
 そうです。私は常に心正しく清らかなアンドロイド。
 この状況を黙って見過ごせる、そんな私であってはならないのです。
 たとえその人がヴェスパー司令その人であろうとも。いいえ、司令だからこそ!
 私は目を閉じ、口を真一文字に結んだ。

(こうなったら、徹底的に……)

 そして目を見開き、決意の拳を突き上げ、私は高らかに宣言した。

「やってやりまっしょい!」



 長い間閉め切っていたに違いない丸窓を、きしんだ音をたてて開け放つ。心地よい潮風が日差しを連れてやってきて、息をするのもはばかられた空気を一掃し部屋を優しく満たしていく。
 ようやく聞こえてきた穏やかな波の音に私の心も安らいだ。窓枠についた埃を階下で借りた雑巾でキュキュッと小気味よい音を立てて拭き取っていく。
 陸が近いのだろうか、海鳥のつがいが窓の外の真ん丸の風景を真一文字に横切っていった。
 腕まくりした手の甲で額の汗を拭い、見違えるようになった部屋を見渡して、私はようやく満足の笑みを浮かべる。
 そして、少なからぬ落胆も。

(司令がこれほどぞんざいな方だったなんて……)

 『敏腕司令官』、『切れ者』、『人徳者』……
 まだ見ぬ司令に噂だけで抱いてきた憧れが、ガラガラと音をたてて崩れていく。
 人の噂ほどアテにならないものはない、と誰かがおっしゃってましたが、まったくその通りです。
 不満のぶつけどころに困った私が、なおも家具の隙間に埃という名の敵を求めていると、リノリウム張りの廊下に足音が響いてきた。
 およそ戦闘艦内らしからぬのんびりした歩調に、

(さては新米の新聞記者さんでも乗り込んだのでしょうか)

 などと想像を巡らせて顔を上げると、開け放したドアの前に見知らぬ男の人が立っていた。

「こ、これは!?」

 よれよれのシャツに野良ズボンという、畑から戻ってきたようないでたちのそのおじさんは、様変わりした部屋を目にして、バケツを片手に持ったまま口をポカンとあけていた。

「あ、ご苦労さまです。お掃除、手伝いに来てくださったんですね」

 私は立ち上がり、ペコリとお辞儀する。

「もうあらかた終えてしまいましたが…… でも替えのお水、助かります。なにしろこの部屋ときたらサッと一拭きしただけでこれこの通り……」

 私は笑顔でおじさんのバケツを受け取りながら、はた、と気づく。
 こんなところに用務員のおじさんなんていましたっけ? 恵比寿の本部じゃあるまいし。
 その時、バケツの中で何かがバシャリと跳ねた。

「はて?」

 バケツをのぞき込んだ私は、おじさんと同じようにポカンと口をあけた。

 跳ねている。
 お魚さんが。
 バケツの中で。

 そしてよくよく見れば、おじさんがもう片方の手に持っているのはモップでも箒でもなく、それはどうみても釣り竿だった。

「随分、綺麗になったものだね」

 口をあんぐり開けた私をよそに、おじさんは部屋を眺めて微笑んだ。

「はい」

 偉業を称えてくれたおじさんに、私は満面の笑みを浮かべる。

「一時は挫折しかけましたが、人間やればできるものです」

 自慢げな私の口調にも気づかぬ様子で、おじさんは窓から差す西日に目を細めた。

「やあ、きれいな夕日だ」

 そうつぶやくおじさんの横顔は、なぜか寂しげだ。

「どうか、されましたか?」

 顔をのぞきこむようにそう尋ねる。

「うん、この後の会議で使う資料がね……」

 変わり果てた部屋に視線を移し、おじさんは途方に暮れる。

「十九時からの定例会議の資料でしたら」

 私は間髪入れず答える。

「郡司技術官からお預かりしたファイルと共に、机中央の引き出しの一番上に入れておきました」

 そう言って私はテキパキと資料を取り出した。

「右の四つの引き出しには、上から優先度の高い順に資料を納めました。基礎資料は背もたれ側の本棚、一般書物はソファの向こうの棚です」

 説明と共に私は机の上のメモを差し出す。

「書類の所在はこれにまとめましたのでご閲覧下さい。ご希望であれば後日データ化してお持ちします。また、お呼びいただければその都度私が説明いたしますので……」

 矢継ぎ早にそこまでまくしたて、

「あ……」

 その時ようやく、私は目の前の人が誰なのか気づいた。

「ひょっとして…… 美里司令、ですか!?」

 おじさんは、いや司令はこらえきれない様子で、

「ふふふ…… ははははっ!」

 日焼けした顔に白い歯を見せてひとしきり笑った。

「初めまして、まほろ。会いたかったよ」

 いささか面食らった私はしどろもどろに返事する。

「は、初めまして」
「どうやら噂に聞いていた通りだな」

 まだ笑い足りないというふうに司令は目を細める。

「噂!? どういう事でしょう?」
「大門君や郡司君らからいろいろとね。なに、悪い噂じゃあないよ…… ああ、すまない」

 デスクに腰掛ける司令が、だらしなく机の脇に立てかけようとする釣り竿を、私は取り上げ、塩気を拭いてロッカーにしまいこむ。

「テキパキと働き、よく気がきくともっぱらの噂だよ」
「それだけでしょうか」

 私は司令に疑いの視線を投げかける。

「というと?」
「私のことを、その、説教が長いだの、なんでも形から入るだの、融通が効かない石頭だの……」
「ははははっ」
「笑いごとではありません」
「いや聞いてないよ、そういうことは」

 書類に目を通す司令の目はまだ笑っている。

「失礼ですが」

 おかげで言うつもりのないグチがつい口をついた。

「司令は、かねがね伺っていた噂とは、随分違うようです」
「と、いうと?」

 司令に目で催促され、私は言葉を続ける。

「あのように部屋を散らかされては、探し物ひとつにも貴重な時間をとられますでしょうし、有事の際にも危険かと思います」

 『だらしない』とはさすがに言えず、オブラートに包んだ言葉で意見する。

「まほろの言う通りだな。気をつけるとしよう」

 不承不承という感じで司令が頷く。

「キーもロックせず司令公室を離れるのも、いかがなものかと」
「気をつけよう」
「それから、もうひとつ……」

 そう言って私はつかつかとソファに歩み寄ると腰を屈めた。
 それを見た司令の顔がサ~ッと青ざめる。
 私はソファの下からずっしりとした雑誌の束を取り出し、ドスンとテーブルに置いた。

「そ、それは……」

 司令はくわえかけた煙草を取り落とす。
 私は、肌も露わな美女たちが表紙を飾る雑誌の束にドンと手をつき、我ながら凍るような声で言った。

「司令。えっちなのはいけないと思います」

(続く)



前回は見切り発車で書き始めて苦労したので、今回は全部書いてからここに載せるつもりでした。
が、『まほろ』の原作を読み直してたら、今日7月20日は美里司令の命日ではないですか。
なので今日から始めました。
またしても見切り発車でw

今度はなるだけドタバタせず、できれば週一ペースで書ければ… いい、なあ……

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プロフィール

雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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