「まほろさんファースト」(6)

『まほろまてぃっく』の小説の続きです。




 訪れる人を圧倒するために作られたとしか思えない、国防総省の巨大なエントランス。
 まるで観光客のように私があたりをキョロキョロしていると、一分の隙もない受付嬢が声をかけてくれた。
 ダメもとで美里司令の所在を訊ねてみる。

「ミスター・ミサトなら30分前にここを出られました」

 豊かな金髪の巻き毛を揺らせながら、受付嬢は親切に教えてくれた。

「預けていた釣り竿を持って、出て行かれましたよ」

 思い出し笑いをする受付嬢に、私もその姿を想像して笑った。
 ボケベルで呼び出すまでもなく、尋ね人の所在は見当がつく。
 受付嬢に礼を言いペンタゴンを後にした私は、駐車場に止め置いた車に乗り込み、さほど遠くないポトマックの河畔に向かった。



 蒸し暑い日本よりよほどさわやかな風が肌に心地よい。
 川の両岸に植えられた桜並木の緑のまぶしさに目を細め、河畔のまだ見ぬ春を思い描く。
 散策を始めてほどなく、尋ね人は見つかった。
 その人は岸辺のベンチ代わりの石に腰掛け、少し猫背気味に釣り糸を垂れていた。いつぞやの野良着ではなくフォーマルな恰好こそしていたけれど、それがかえって不自然極まりない。
 私はにんまりとしてそっと近づいた。

「ここは禁漁区じゃないんですか」

 驚かせようと声をかけたつもりが、

「まほろか」

 毎日会ってる人と挨拶するようにそう言って、その人は竿を持ち上げる。

「仕掛けはついてないから、大丈夫さ。ほら」

 そうして呆れたことにまた釣り糸を垂れる。

「『李下に冠を正さず』ということわざもあります」
「博識だな、まほろは」

 まったく、しようのない人です。
 心で愚痴を言いながら、私も司令の隣に腰掛ける。

「その制服、似合ってるじゃないか」

 そういう事はちゃんとこちらを見て言ってほしいものです。しかも今頃になって。

「私は普段からこの格好です」

 そう。初めて司令とお会いしたあの時も。

「そうだったか、すまんすまん」

 全然すまなさそうにそう言って、司令はまた糸の先に目を移す。
 「お迎えにまいりました」と言わずもがなを切り出すのがなぜか無粋に思えて。
 だから私も司令と一緒に来るはずのないアタリを見張っていた。ときおり顔を出しては水面に円を描く小魚を眺めながら。

「どのくらいで戻れるね、まほろなら」

 唐突に司令が訊ねる。

「あの車なら、2時間もあれば」

 自尊心をくすぐられる質問に、思わず胸を張り即答する。

「車で来たのかい、ノーフォークから」

 司令は笑いをこらえ、土手の上の車を眺めた。

「ほう、アストン・マーチンか。帰りが楽しみだな」
「V8でのドライブは実に快適でした。欲をいえば、いつかは憧れのDB5にも乗ってみたいものですが」
「そうか、まほろは『ゼロゼロセブン』のファンだったな」
「『ダブルオーセブン』とおっしゃってください。お歳がバレバレです」
「ははは。いいじゃないか」

 ん? よく考えたら私、司令に『007』の話なんかした事ありましたっけ?

「2時間だね。ではもうしばらく甘えさせてもらおう」
「よいのですか、お仕事は」
「うん。仕事はもう済んだ」

 今夜の作戦の事実上の指揮官である司令はそう言って大きなあくびをした。

(司令といると、私までぐうたらがうつってしまいそうです)

 そう思いながら空を見上げると、まるで遠足の日のような晴天が広がっていた。

(遠足…… そうでした!)

 私は車に駆け戻り、持ってきた包みを取ってきた。

「よろしければ、どうぞ」

 今朝がた作ってきたクラブサンドを差し出すと、司令の顔がクリスマスプレゼントの箱を開けた子供のようになった。

「なにぶん出先、まして見知らぬ異国の地とて、そんなものしか間に合いませんでしたが」
「ありがとう」

 そう言って司令はクラブサンドをほおばった。
 私はなぜだか司令の傍らで正座して、次のひとことを見守った。
 司令が目を丸くして言った言葉は、私の期待したのと少し違っていた。

「うちのに、似てるな」
「うちの?」
「ああ。家内の味に、どこか似ている」
「奥様ですか」

 そうして不意に気づいた。
 司令は私の事をいろいろご存じなのに、私は司令の事を何も知らないことを。

「司令の奥様は…… どんな方なのでしょう」

 つぶやくともなくつぶやいた私の言葉に、司令は懐に手を入れて何やらもそもそとし始めた。

「?」

 司令がつっけんどんに私に見せたのは、ラミネートされた一枚の写真だった。

「家内だよ」

 釣り糸を見つめたまま司令がつぶやいた。

「綺麗な、かわいらしい奥さんですね」

 お世辞じゃない言葉が自然と口をついて出た。
 写真の中の奥さんの笑顔は、胸に抱いた幼い子に注がれている。
 その子のみせるあどけない笑顔に、私もつられて微笑んだ。

「それに、とても可愛い娘さん」
「息子なんだがね」

 釣り糸を見つめたまま司令がつぶやいた。

「そ、そうでしたか。失礼しました!」

 私が赤面して頭を下げると、

「いいさ。みんな間違えるんだから」

 釣り糸を見つめたまま、司令がポリポリと頭をかく。

「性格まで女の子みたいに優しくてね。『優』なんて名前にしたせいかな」
「すぐるさん、ですか」
 
 そう思って写真を見直すと、とても利発そうな男の子に見えてくるから不思議なものだ。

「この作戦が無事に終わったら…… 久しぶりに家族に会えそうだ」

 そう言って川面をみつめる司令の横顔は、言葉と裏腹で寂しげに見えた。

「そうだ、まほろに頼んでおこうかな」

 司令が優しい笑顔を私に向ける。

「なんでしょう?」
「私に万一の事があったら……」

 私は息をのんだ。

「かわりに、優への土産を選んでくれるかな」
「それは……」

 しばし言い淀んだ私は、冷たく言い放った。

「それは、私の任務外のことです」

 驚いたような司令を見つめ、私は言った。

「私の任務は、司令に万一が起きないようにすることですから」
「そうか」

 微笑む司令の傍らに、私は改めて腰掛け直した。

「でも、本当に敵は来るのでしょうか」

 作戦への疑問を司令に訊ねたのは、初めて実戦に挑む自分の不安な気持ちのせいだったかもしれない。

「来るよ」

 声を潜めた私の問いに、司令はあっけらかんと答える。

「ちゃんとエサを蒔いてきたからね」

 まるで目の前の釣りの話しでもするように司令は言う。
 けれど司令の視線は、対岸の巨大な五角形の建物を見つめていた。

 エサ、とはなんの事だろう。
 司令は何と戦っているのだろう。
 我々が戦うのはセイント。意思の疎通のできない宇宙人のはずなのに。
 けれどその舞台裏で様々な勢力が駆け引きを繰り広げているのを、私はおぼろげに感じずにいられなかった。

「さ、そろそろ帰ろうか」

 司令は竿を引き上げ、ズボンについた埃を払った。

「今夜は私と『ニュージャージー』に乗艦してもらうよ」

 なにげない司令の言葉に思わず「はい」と言いかけ、息を呑んだ。
 司令は交渉に成功したのだ。
 けれど。
 『ニュージャージー』に、現代戦の艦隊旗艦を務めるに足る通信設備が備わっていないことくらい、私でも知っている。司令の乗るべき旗艦には、最新の電子機器を備えたイージス艦こそ相応しいはずなのに。

「怪物と対決するには、怪物が一番だからね」

 そう語る司令の表情は、既に指揮官のそれだった。
 有無をも言わさぬ気迫に押され、私は頷く。
 相手が怪物なら、相手をする戦艦も怪物、か。
 そして…… 私もそうなのだろうか。
 司令の背中を追って土手を登る私の脳裏に、ノーフォークで待つ巨大な戦艦の姿が映った。

(続く)



私の好きな『まほろ』キャラ(女性)は、

式条 ≒ まほろ > ちづ > 椎名、凛、深雪 > その他

です。
みなわの良さがわからん私に、彼女の魅力を教えてください。


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雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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