「まほろさんファースト」(7)

『まほろまてぃっく』の小説の続きです。


 
 
 予定時刻を過ぎ日付が変わった頃、戦艦『ニュージャージー』は重い腰を上げノーフォークを抜錨した。
 これから戦いに向かうとは思えない静かな港を、タグボートに導かれて抜けていく。
 港外に出ると艦は増速を始めた。公称21万2千馬力の機関がうなりを上げ波を蹴立てる。とはいえ建造当初のカタログスペックが出せるはずもなく、老いた彼女は振動と騒音をたてながら、先行する艦隊を懸命に追った。

 『ニュージャージー』の操舵艦橋は5万t級の大艦と思えないほど狭い。そこに大勢の士官や我々ヴェスパーの要員までが乗りこむのだから窮屈このうえない。
 その狭い艦橋の真ん中には司令塔という穴蔵がどっしりと据えられていた。厚さ数百ミリの鉄の塊で覆われたこの司令塔は、いざという時に司令部中枢を守り指揮系統を維持する目的で作られている。これが役に立つ日は来るだろうか。
 来るとすれば、それはきっと今夜だ。

 私は脳裏で何度も戦いのシミュレーションを繰り返した。
 与えられた任務はもちろん、参加艦艇の主要緒元も頭に叩き込んである。
 教えられていないのは、万一の時の美里司令の守り方だ。
 司令はいざという時、司令塔に待避してくれるだろうか。
 傍らに立つ司令の顔を伺うようにしてみても、表情は読みとれない。午後に見た司令の穏和な表情はもう影を潜めていた。
 司令の中で、もう戦いは始まっているのだ。

 前方に、輸送船を中心に輪形陣を組んだ艦隊の姿が見えた頃、上弦の月は既に西に傾いていた。
 去り際の月光に照らされた海は不気味なほど穏やかだった。

(まだ戦いは始まってはいない)

 私は安堵した。
 正直に言えばこの期に及んでもまだ、これから戦いが始まるのが信じられなかった。
 けれど艦隊の最後尾に『ニュージャージー』が合流しようとした頃、前方に不自然な光が浮かんだ。

(虹色の光!?)

見張り員の声がスピーカーを通して流れる。

「敵襲です!」

 私は司令を振り返った。
 司令は黙って頷いた。戦いが始まったのだ。

 けれどこの時、我々が望まぬもう一つの戦いが始まっていた。 大門副司令たちが乗り込み、輸送船に並走するイージス巡洋艦『タイコンデロガ』の艦内で。
 その時の我々は、それを知る術もなかった。

 というわけでこれから30分間、貴方の目はこの場を離れ『タイコンデロガ』の艦内に入っていくのです……




「ソナーに反応あり」
「位置は?」
「輸送船の直下です」

 旗艦である『タイコンデロガ』には続々と敵の情報が伝えられる。
 その艦橋の司令席に陣取る大門副司令は、けれど居心地の悪さを感じずにいられなかった。
 情報は海軍士官の頭越しにやりとりされ、自分には何も伝えられない。

(蚊帳の外、か)

 指揮系統が混乱しないよう平時は海軍が、有事の際にはヴェスパーが指揮を取ると事前に打ち合わせされているのだが。
 今の大門にできる事といえば、窓から外を眺める事と自分の部下に連絡を取る事くらいだ。
 大門はマイクを取り、輸送船に乗り込んでいるヴェスパー隊員に連絡を取った。

「どうだ、そちらの状況は」
『なかなかの壮観です。船橋は奴の触手にからまれてますよ』

 輸送船には数人のヴェスパーの決死隊が乗り込んでいる。爆薬で船ごと奴を吹き飛ばす予定だ。無論、脱出の手筈は整ってはいる。

『それより困った事が。起爆装置が故障です』
「どういう事だ?」
『故障というより電源を喪失したという方が正しいですね。奴はどういう理屈か、船の発電機やバッテリーから電気を吸い取ってます』

 声に混じって船体の軋む音が聞こえる。部下は平静を装っているが状況は相当緊迫しているようだ。

「わかった。爆破を諦め脱出してくれ」
『了解です。脱出まで、あと2、3分……』

 連絡が途絶え、時を同じくして右舷の海面に小さな火の手が見えた。ちょうど輸送船のいるあたりだ。
 大門は操舵手の横に立つ司令官を振り向いた。

「砲撃準備に入ってください」

 司令官は落ち着きはらっていた。

「準備は完了しています」
「脱出艇が輸送船を離れるのを確認次第、砲撃を開始してください」
「了解しました。全艦、砲撃準備」

 大門が念押しをするまでもなく、既に主砲は輸送船に向けられている。
 部下達の身が案じられるがチャンスを逃すわけにはいかない。彼らの脱出が確認され次第各艦が砲撃を開始する。
 予定通りとはいかないが、目的は達せそうだ。うまくいけば『ニュージャージー』も、そして初陣のまほろの出番もないだろう。
 その時、通信員が悲鳴に似た声をあげた。

「CICと連絡が取れません」

 通信員はいくつものスイッチを入れ、マイクに話しかけ、そして顔をあげ首を振った。
 大門は思わず立ち上がった。
 CICは艦の頭脳だ。そこと連絡が取れないなどという事はありえない。

「脱出艇、目視にて確認しました」

 双眼鏡を手にした見張り員が艦橋に直接報告に来た。

「各艦に砲撃命令を」
「駄目です。通信そのものが使えません」

 司令官と艦長、そして大門が顔を見合わせた。
 司令官が声をあげる。

「発光信号を!」

 司令官の命令を伝えに、先程の見張り員が甲板に駆けていく。

「CIC、見てきます」

 副官の言葉に司令官が頷く。
 大門としても、これ以上黙っているわけにはいかなかった。

「ヴェスパーの人間も同行させましょう」
「CIC は関係者以外立ち入り禁止です」

 そんな事も知らんのかと艦長が即座に反論する。

「有事における現在、この艦の責任者は私です」

 断固とした大門の口調に、司令官が艦長に目配せした。

「いいでしょう。しかしこの事は後で委員会に報告致します」
「ご協力に感謝します」

 やれやれ、万事がこの調子か。
 司令席にドスンと腰掛け、大門は艦内通話に手をかけた。

「郡司君、聞こえるか」

 幸い、艦内の郡司には連絡が繋がった。日頃いがみ合う技術官の声が今は頼もしい。
 郡司に、副官に同行してCICに向かうよう手短に指示し、最後に大門はこうつけ加えた。

「ああ、『まほろ』も同行させてくれたまえ」

 『まほろ』という言葉に通信員の一人が聞き耳をたてているのを、大門は見逃さなかった。
 薄々目をつけてはいたが、この者は、やはり……
 大門の胸のうちに、忘れようにも忘れられない呪われた組織の名が浮かぶ。

(『管理者』か)

 今度の戦い、やはり一筋縄ではいかなそうだ。



 郡司は階下で副官と合流した。

「『まほろ』さんは?」
「後から来ます」

 二人が足早にCICに向かうと、扉の前に屈強な二人の兵士が銃を構え、両脇を固めていた。

「異常はないか」
「アイ・サー」

 副官の問いに二人は表情を変えず、機械のように復唱する。
 カードと暗証番号を入力した副官は、捧げ銃をして道を開ける兵士の脇を抜ける。
 続いて入ろうとする郡司を、しかし冷たい銃床が遮った。

「許可のない者は通れない」
「ヴェスパーの郡司技術官だ。司令官の許可を得ている。聞いておらんのか」

 その時、室内から鈍い銃声が聞こえた。続いて副官の小さなうめき声と、ドサリと崩れる嫌な音も。
 駆け込もうとする郡司は兵士の銃床にこづかれ、身体をよろめかせた。

「つっ……」

 兵士の顔を見た彼はゾッとした。明らかな異常事態なのにこの兵士たちの平然とした表情はどうだ。

「構わん、入れたまえ」

 その時、CICの中から甲高い声がした。
 聞き覚えのある、むしろ忘れたくても忘れられない声が。
 兵士が道を開け、郡司はドアをくぐる。

「メフリス……」

 照明を落としモニターと計器が人工色の光を放つCICの室内で、コンソールに備え付けの椅子に腰掛けた小男が、こちらを見つめニヤついた顔をみせていた。

「久しぶりだな、と言いたいがザコの顔などいちいち覚えていなくてね」

 宿敵を目の前にして、郡司は自分でも驚くほど冷静だった。

「どうやってここへ」
「どうやってだと? わけもない。ここには我々の協力者が何人もいる」

 悪魔の顔をした男が邪な笑みを浮かべる。

「まったくヴェスパーのお人好し共には呆れるわ。ここは『管理者』の裏庭のようなものだ。のこのこやってきて、すんなり帰れるとでも思ったか!?」

 メフリスの足元に副官が倒れていた。まだ息はある。

「相変わらずよくしゃべる男だ。お前たちの目的は何だ?」

 答えなど求めてはいない。今は時間稼ぎが必要だ。『まほろ』が来るまでの。

「弱小組織のヴェスパーなどつぶすのはわけもない。だが問題はつぶし方だよ」

 メフリスは上機嫌で話し始める。

「『セイント』は当初我々が思っていたほど好戦的ではない。だが彼らが仕掛けて来なければ、一番困るのはお前たちヴェスパーだ。『セイント』から人類を守るというお前たちの存在意義は根本から崩れるのだからな」

 残念だが、こいつの言っている事は本当だ。
 ヴェスパーの理念がどうであれ、外部の人間にとってヴェスパーはセイントを追い払う便利な道具に過ぎない。
 そして役に立たない道具は捨てられるだけだ。

「この作戦で『セイント』に派手に暴れてもらい、その上でお前たちヴェスパーが勝利をおさめる。それがお前たちの目論見だろうが、そう思い通りにはさせん」
「黙れ」
「だから楔を打つ事にした。ヴェスパーの要になる部分にな」

 こいつ、いつになくまともな事を言う。どうせ誰かの入れ知恵だろうが。

「元々寄せ集めのヴェスパーをまとめ上げたのは裏切り者の近衛優一郎と、彼に従う美里良。この二人、いやどちらかをつぶせばヴェスパーなど烏合の集にすぎん」

 メフリスは満面の笑みを浮かべた。
 郡司の顔に脂汗が流れる。

「いいのか。そんな話を私にしても」
「案ずる事はない」

 勝ち誇った表情でメフリスは片手を上げた。
 それを合図に先ほどの兵士ふたりが郡司に銃を向ける。

「死人に口なし、だ」

 相変わらず下品な男だ。
 死が迫る中、なぜか郡司はそんな事を思った。
 にこやかにメフリスが手を振り下ろす、まさにその瞬間、

「お待ちなさい!」

 声の先には赤い戦闘服に身を包んだ戦士がいた。
 郡司が安堵のため息をつく。

「気をつけろ『まほろ』。こいつらは『管理者』だ」

 その言葉に、むしろメフリスが色めき立つ。

「『まほろ』だと!?」

 『まほろ』に銃口を向ける兵士たちを手で制し、彼は命じた。

「やめろ。お前たちの叶う相手じゃない」

 メフリスは嘗め回すような視線で『まほろ』を観察した。

「ほう、貴様が噂に聞くヴェスパー最新鋭のアンドロイドか。よろしい、そこを動くな。抵抗するとこいつの命はないぞ」

 兵士たちに郡司を拘束させると、メフリスは好奇心を隠そうともせずつかつかと『まほろ』に歩み寄り、ねぶるような視線で彼女を眺めまわした。

「実によくできている。人間そのものだ」

 彼の顔に浮かんだ表情は、紛れもなく嫉妬だった。

「貴様には私の研究室に来てもらおう。まさかここに来て『まほろ』の入手にも成功するとはな」

 『まほろ』は呆れ顔でメフリスを不快そうに見ている。

「あなた、さっきから何を言ってるの」
「口の効き方がなってないな。『管理者』の尖兵として改造する際、真先に修正せねばならん」

 そう言うとメフリスは懐から大きなスイッチのついたブラックボックスを取り出した。

「さあ、少しばかり眠ってもらおう、か!」

 メフリスがスイッチを押した途端、CICの全てのモニターが消え、端末から炎が吹き上がった。
 そればかりか二人の兵士までが硬直し、力を失い崩れ落ちる。

「そう、その二人は私の作ったアンドロイドよ。この装置が発生させる電磁波は、全ての電子機器の素子を狂わせ機能を停止させる。『まほろ』よ、もちろんお前も例外ではない」

 立ちすくみブルブル震えている『まほろ』の顔をメフリスはのぞきこむ。

「これと同じ機能を、外で暴れている怪物も持っている。あれに比べればこの装置など可愛いものだが。どうだ、苦しいか…… グヘッ!?」

 言い終える前に『まほろ』のグーパンチがメフリスの顔面を直撃する。

「汚い顔を近づけないでね、このクズ!」

 もんどりうって倒れるメフリスは信じられない表情をする。

「ば、馬鹿な!?」
「バカはあなたでしょ!」

 メフリスを後ろ手に縛り上げながら彼女はあきれ顔で言った。

「あなた本当に『まほろ』の事調べてきた? あの子がこんなふくよかな胸してるわけないでしょ!」
「ま、まさかお前は人間……」

 もう一発、正拳をメフリスの顔にブチ込んで『まほろ』は、いや『まほろ』の戦闘服を着こんだ椎名は、縛られた郡司の縄を解き、彼を引き起こした。

「大丈夫ですか?」
「すまんな、君まで危険に巻き込んで」

 遅れて大門も駆けつけ、二人を見て笑った。

「椎名君。その戦闘服、似合ってるじゃないか」

 椎名は苦笑した。

「こいつらがバカで助かったわ」
「『管理者』はどいつもこんなもんさ。人を馬鹿にした自称エリート集団は肝心なとこが抜けてる。特にこのメフリスはその典型だな」
「メフリス? 奴が来たのか」
「来たもなにも、そこにのびてるだろ?」

 郡司の指さす先に、しかしメフリスの姿はなかった。

「あ……」
「いないな」
「奴の逃げ足だけは天下一品だからな」

 椎名は副官の容体をうかがう。幸い一命は取りとめそうだ。
 騒ぎを聞き駆けつけた兵士たちに後を任せ、三人は部屋を出た。

「美里司令が心配だ」

 郡司は先ほどのメフリスの話に不安を隠せない。
 奴らが司令の命を狙っているとすれば、今は絶好の機会だ。

「なんとか司令に連絡をとれないだろうか」

 だが椎名は虚しく首を振る。
 郡司自身、それが無理なのはわかっていた。CICを破壊されたイージス艦にはまともな戦闘力も通信能力もない。

「メフリスにしてはまともな作戦だな」

 メフリスとのやりとりを聞いて、大門も頷いた。

「じゃあ、ひょっとしてあの怪物は『管理者』の!?」
「あるいは『管理者』がなんらかの方法でセイントの戦闘メカを操っているのかもしれん」
「でも、どうやってです?」

 だが『管理者』の事だ、なりふり構わずやってくるのだろう。

「考えたくない事ですが…… 内通者がいるのかも」

 椎名が不安そうな顔で考えを巡らす。

「内通者?」
「ええ。ヴェスパー内部の情報を、『管理者』に流した者が」

 美里司令の存在が扇の要のようにヴェスパーという組織を纏めている。それを実感しているのは、なにより組織内部の人間だろうから。

「内通者か……」

 大門は顎に手をあてた。

「心当たりが、なくもない」
「誰だね?」
「誰です?」

 美里司令の命をエサにして、確実に獲物をおびき寄せる。
 そんな事を企む者がいるとすれば、それは大門の知る限りただ一人……

(司令、なんて事をするんです。あなたって人は)

 たとえ逃げろと言っても司令はきかないだろう。司令が望んだ危機ならば。
 もはや頼みの綱はただ一つ。
 一見か弱くさえ思える実戦経験のない少女に、今は託すしかない。

 三人は、数マイル後方の『ニュージャージー』に思いを馳せた。

「まほろ」
「……司令を頼むわよ」

(続く)



次回はいよいよまほろさんと戦闘シーンです。やっぱ『まほろ』なら戦闘シーンも書かないとね。
と言いつつ、そういうシーンはほとんど書いた事ありませんが。
(ミリオタなのに)




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雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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