「まほろさんファースト」(8)

『まほろまてぃっく』の小説の続きです。





「『タイコンデロガ』からのリンクデータが途切れました」

 『ニュージャージー』の艦橋では、皆が『タイコンデロガ』に起こった状況の把握にやっきになっていた。

「『タイコンデロガ』速力低下」
「発光信号確認、『キカンヲニュージャージーニイジョウスル』」

 矢継ぎ早に悲報が届けられる。

「落ちついて、順番に報告しろ」

 初老の艦長は指揮官に相応しく感情を押し殺してはいるが、その声には苛立ちが見え隠れする。
 およそこの艦が現代の情報戦に相応しくないのは、彼らのあたふたした動きからも明らかだった。
その最中の事だった。

(!)

 私の中の何かが、気配をとらえた。
 理屈では説明できない何かを。
 自分の中にそんなものが潜んでいることに内心驚きつつ、傍らの司令を見やる。

「司令」

 次の瞬間、遠くから低い海鳴りが聞こえてきた。まるで巨獣の咆哮のように。
 艦橋備え付けの旧式の受話器がけたたましく鳴る。

「『マンチェスター』が被弾した模様です」

 居合わせた一同が一斉に窓の外を見やる。
 右舷前方の暗闇に、大きな火柱が立て続けに上がった。
 間髪入れず、別の方角から不気味な海鳴りが二度、三度と続き、そしてまた別の火柱があがる。

「『ペトロパブロフスク』航行不能」
「『スプルーアンス』沈黙」

 オペレーターが次々と凶報を伝える。

「対水上戦闘用意」

 艦長が叫ぶように命じたその時、私は強烈な耳鳴りに襲われた。吐き気がする。目の前が暗い。

「大丈夫か、まほろ」

 司令の声に気がつくと、私は両耳を抑えて座り込んでいた。

「だ、大丈夫です」

 我にかえった私は、艦の惨状に我が目を疑った。
 電気が消えた艦橋の暗がりの中で、あちこちに備えつけられた電子機器から線香花火のような火花が漏れだしてチカチカと光っていた。

「これは一体!?」

 ようやく点いた非常灯に照らされ困惑した表情を浮かべる艦長は、一人動じずにいる司令に訊ねる。
 司令は落ちついた表情で答える。

「おそらく、強烈な電波攻撃です」

 目の前の伝声管が突如キンキン声でがなりたてた。

「艦橋、聞こえますか」

 とっくに使えない過去の遺物と思っていた伝声管を、艦長は手慣れた様子でパカンと開いた。

「艦長だ」
「現在あらゆる電子機器がシステムダウンに陥っています。対空、対水上レーダー使用不能。ハープーン、CIWS使用不能。トマホークもです」
「僚艦はどうなっている。本土との連絡は?」
「わかりません。通信機器も使用不能です」

 艦長が階下とやりとりをかわす間にも、士官たちは伝声管で矢継ぎ早に指示を出す。

「見張りを増やせ。目視による水上警戒を厳重にせよ」
「電源の復旧を最優先で行なえ」

 怒号が飛び交う中、気がつくと美里司令が傍らに立ち、静かに言った。

「まほろ」

 司令の表情は普段通りに穏やかだった。

「出撃できるか?」

 言われて気づいた。自分の体調はすっかり元通り、万全だ。
 我ながら驚きだった。艦船に搭載された電子機器がことごとく全滅したというのに、同じ電子機器の固まりであるはずの私はどれだけ頑丈に作られているのだろう。

「はい、いけます」

 目をらんらんと輝かせ、私は答えた。

「よし、出撃だ」

 一礼して飛び出そうとする私を艦長が呼び止めた。

「まほろさん」

 今までろくに会話もしてくれなかった艦長が、私を初めて名前で呼んだ。

「敵をこの『ニュージャージー』に引きつけて下さい」

 この危難の中にあって、白髪の混じった艦長はむしろ嬉々として見えた。

「美里司令が言われた通りに敵が電子攻撃をしかけたなら、他の艦の砲は使い物にならんでしょう。しかし『ニュージャージー』の砲は健在です。なにせトランジスタができる前の代物ですからな」

 艦長の目が自虐気味に笑う。

「『この娘』に、仲間の仇をとらせてください」

 僚艦の燃え盛る炎に、艦長の瞳がギラギラと照らされる。

「はい」

 司令の、艦長の決意を受け止め、私は艦橋を飛び出しラッタルを駆け下りた。
 甲板に出た途端、まばゆい光に目がくらむ。
 艦に備え付けの探照灯が、今や旗艦となったこの艦の命令を各艦に伝えているのだ。第二次大戦の昔さながらに。
 そしてより大型の探照灯の光が海面をなめていく。海に隠れた怪物を捜そうとやっきになって。
 敵の姿は、まだ見えない。
 そう思った瞬間、またあの耳鳴りが私を襲った。
 見張りに立っていた傍らの兵士が次々と耳を押さえて倒れこむ。想像を絶するエネルギーの超音波が電子兵器のみならず兵士達をも蝕んでいる。
 最高の技術で作られた耐性スーツを着用していなければ、自分などとっくに犠牲になっていただろう。

「!」

 探照灯の操作員が気絶して落下していく。
 考えるより早く私は駆け出し、甲板に激突する寸前の彼を受け止めた。
 落下の際に頭を打ったのか、若い兵士の額に血が滲んでいく。チークの甲板に彼を寝かせると彼はゆっくり目を開けた。

「お前…… ヴェスパーの、アンドロイドか?」
「しゃべらないで。今、傷の手当てを」

 兵士は首を振り怒った顔で私を睨んだ。

「こんな事してる場合か。お前にはやるべき事があるだろ」

 でも、と言いかけた私は、彼の鬼気迫る表情に黙り込んだ。

「今のお前にしかできない事がある。それを全力でやれ!」

 血の滲んだ顔で彼が私を睨む。
 私は頷いて立ち上がり、兵士に一礼して駆け出した。もう振り返りはしない。
 制御を失った探照灯が狂ったように海面を照らし、その先に不気味な波を巻き上げる何者かが迫っているのが見えた。

(来た)

 あたりが轟音に包まれる中、私は派手なゼスチャーで敵の到来を告げる。兵士たちは頷いて艦橋に連絡を試みる。
 だが戦艦の誇りたる主砲も副砲も、未だ覚めようとはしない。

(武器を、何か武器を)

 考えを巡らせ視線を巡らせ、私は上部甲板の対空用ファランクスに目を向けた。
 近接する敵を迎え撃つ最後の防波堤であるはずの6連装バルカン砲は電子の制御を失い、その銃身は見当違いの上空に向けられていた。
 私は躊躇することなく跳躍し、眠り惚けたファランクスに取りついた。ためらいもなく姿勢制御用のモーターを力任せにぶち壊すとドクドクとどす黒い油が流れ出す。かまわず制御盤の蓋をやすやすと引きちぎり結線を引き抜く。
 巨大な銃身を強引に片手で支えて敵に狙いを定め、もう片方の手で引き抜いた結線を銃身の動力部に直結した。
 バチン、などと生易しいものではない派手な火花と白煙と轟音があがる。兵器はビンタで叩かれたように息を吹き返し、私は眼下の敵めがけ20ミリファランクスバルカンをフルオートでブチ込んだ。
 悪名高い劣化ウランの死の弾幕が目視で狙った敵めがけて分速3000発で叩き込まれていく。

「GYAAAAAA! 」

 怪物が言葉にできぬ悲鳴をあげ、不気味な光と不快な衝撃を発する。私の機能を停止させようともくろむ電磁波の悪意が防御服越しにビリビリ伝わる。
 規格外の乱用に赤熱したファランクスの銃身が抗議の悲鳴をあげて蒸気と火花を吹く。火花は油に引火し紅蓮の炎をあげる。私は構わず、灼熱地獄とゆらめく蒸気と轟音の中でただひたすらに撃ちまくった。
 怪物をとりまく虹色が消え、海面には中世の地図に描かれた海坊主の如き怪物が姿を現した。ここが世界の果てで、船を呑み込む使命を果たすかのように。

「全砲塔、各個射撃開始! 」

 不意に復活したスピーカーが大音量で艦長の命令を伝える。
 その声に勢いを得たのか、甲板の5インチ砲塔群がのろのろと蠢きはじめた。
 それを見届けた私は、煙をあげて機能を停止したバルカン砲を放棄し、次の武器を求めて駆ける。背中ごしに「轟!」と頼もしい発射音が聞こえ、私は5インチ砲が息を吹き返したのを知った。
 20ミリバルカンではびくともしなかった怪物が重量37キロの5インチ砲弾をまともに食らいガクッとよろめく。
 兵士たちが「わっ」と歓声をあげたのはそのせいだけではない。遂に主砲塔のひとつが目を覚ましたのだ。
 2番主砲塔の3門の巨大な砲身は眠れる獅子が起き上がるように首をもたげ、久々の獲物に歓喜して狙いを定める。

(いける)

 そう思ったその時、怪物の体内で何かが白く光った。
 まばゆい閃光と、それに続く一面の赤い炎。次の瞬間、横殴りの爆風があたりを薙ぎ払った。
 壁に叩きつけられた私の目に映ったのは信じられない光景だった。
 一千トンを優に越える『ニュージャージー』の2番主砲塔は紅蓮の炎に突き上げられマストの高さにまで吹き飛んでいた。
 宙に浮いた砲塔下部のぽっかり開いた大穴から、蟻のような影が海面にポトポトと落ちていくのがはっきりと見えた。砲塔はその後を追うようにスローモーションで海面に落下していく。
 そして想像を絶する大音響と水柱が視界を埋め尽くした。

 惨劇を目の当たりにして、自分の中の戦意が殺意に変わっていくのがわかった。

「うおおおおおおおっ!」

 仇を取らんと副砲がうなりをあげる。狂ったような乱射と轟音と猛火の中、私は野獣のような声を上げながら艦上構造物を駆け上がり、対艦ミサイルの発射筒をこじ開けていた。

「離れて!」

 思わず駆け寄る兵士たちを追い払い、私は格納されたハープーンを乱暴に取り出すと巨大なミサイルを片手に抱えた。

「はぁああああああっ!!」

 前方の敵を睨んだまま助走をつけて甲板を走り、そのまま槍投げの要領で怪物目掛けて投げつけた。轟音をたてて巨大な質量が怪物めがけ飛んで行く。
 タイミングを見計らい愛用のアーマーマグナムを弾頭めがけ続けざまに撃ち込むと、ハープーンは敵を直撃した瞬間に暴発した。

「KSYAAAA~!」

 敵の悲鳴を心地よく聞き流し、私は次のハープーンを用意する。怒り狂って猛進してくる敵に、今度はミサイルを抱き抱えたまま突進する。
 敵の体内がまた白く輝いた。奴が放つ死の光を間一髪かわし、すれ違いざまにハープーンを敵本体に突き刺した。絶妙なタイミングで味方の5インチ砲が敵を直撃しミサイルが誘爆を起こす。

「やった」

 そう思う間もなく、奴の触手が私を捕らえた。
 もがく私を道連れに、怪物はそのまま『ニュージャージー』の艦橋めがけ激突した。

「ぐはっ」

 艦橋と怪物に挟まれ私の口から絶叫が漏れる。息ができない。
 それでも防御服は私を破滅から救い、体に刻まれた戦闘本能がなおも戦えと催促する。
 だが奴の触手は私の体をがんじがらめにしたまま艦橋にしばりつける。
 敵は思いの外、狡猾だった。ケタ外れの攻撃力を持つ『ニュージャージー』も、自らの艦橋に指向できる砲は持っていない。奴はそれを知ったうえで余裕をもって徐々に私を締め上げているのだ。
 声にならない声をあげて、私はもがいた。

(……負けない )

 私は目を閉じ、手刀にエネルギーを集中させた。
 それは訓練の時でさえ一度として使わなかった、私の最大の武器。
 その名は『輝ける闇』。私の命そのもの。
 私はその封印を解いた。
 カッと目を見開くと同時に私の右手は輝きを放った。縛っていた触手を易々と切り裂き、私は敵に飛びかかる。

「はあああああっ!!」

 踊りあがるように相手の懐深く飛び込むと何の躊躇もなく手刀を深々と突き刺し、敵が苦悶にのたうつ。
 やったと思う間もなく触手の一撃が私の身体を傍らの銃座ごと薙ぎ払う。甲板にもんどりうった次の瞬間、私は猟犬さながらに獲物向かって飛びかかる。
 敵の懐に飛び込み、さらに深く突き刺す。あと1インチ、敵を死に近づけるため。
 私は修羅と化した。メキメキ削れる肉の音さえ快感だった。私はきっとゆがんだ喜びに笑みを浮かべていたに違いない。
 さらに私には頼もしい援軍が現れた。怪物の背後で『ニュージャージー』の巨大な1番砲塔が旋回を始めたのだ。

 主砲が自らの艦橋を撃てるはずがない。
 けれど、2番砲塔が吹き飛んでしまった今ならば!

 凶悪無比な砲口が怪物に照準を向ける。怪物が怯える様が、私にはみてとれた。
 『彼女』の16インチ砲が全てを終わらせてくれる。

(勝った)

 けれどなぜ、こいつは逃げようとしないのだ。
 砲塔の緩慢な動きに比べ、逃げることなど造作もないはずなのに。
 その時だった。私が怪物の触手の動きに気づいたのは。
 奴の残った触手が巨大な艦橋を這い上がっていた。何かを求めるように。
 不意に私は思い出した。司令の言葉を。

「エサをまいておいたからね」

 こいつの目標は、私なんかじゃない!
 退去して誰もいないはずの艦橋に、一人の人影が立ち、穏やかな顔でこちらを見つめていた。

(美里司令!)

 その司令めがけて触手たちが這い寄っていく。
 戦慄した私の一瞬をついて別の触手が掴みかかる。
 私は闇雲に、我が身を拘束する触手をふりほどいた。その間にも巨大な砲塔は刻一刻、獲物に照準を合わせる。

「司令!!」

 私は疾風のように奴の本体深く一撃を加えた。ひるんだ敵を踏み台に艦橋へと跳躍する。
 巨大な砲塔の殺意を背後に感じ、私を阻む触手の群れをすり抜け、永遠に思える数秒を救うべき人に向かって突き進む。割れるはずのない防弾ガラスを突き破り、艦橋に立ち尽くす司令を有無をも言わせず抱き抱えた。
 早く、一刻も早く!
 無情にも司令塔の扉は閉められている。

(間に合え!)

 絶望するより早く私の右手が渾身の力でドアをこじ開ける。厚さ40センチの金属塊が根負けしてドアは開いた。かすかな安堵は、背後から来る途方もないエネルギーに遮られる。
 猛烈な爆風と轟音と閃光とが襲ってきた。圧倒的な力の前になすすべもなく、私にできたのはただ、司令の体をしっかりと抱きしめる事だけだった……

(続く)




たまには戦闘シーンを書くのもいいものですね。
なんというか、「ストレス解消」!?
でもこんなのばかり書いてたら逆にストレス溜まりそうです。

次回が最終回となります。


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プロフィール

雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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