「まほろさんファースト」(9)

『まほろまてぃっく』の小説の続きです。
今回で最終回です。





 総員退艦命令を告げるサイレンを、私は遠い出来事のように聞いていた。
 天をも焦がす炎、たなびく黒煙、焼け焦げた匂い……
 船体のきしみが背中越しに伝わってくる。艦は傾き、徐々にその傾きを増していた。不沈艦とさえうたわれたアメリカの誇りが、今は終わりの時が近いことを告げていた。
 なのに静けさを、そして不思議な安らぎを感じるのはなぜだろう。やり遂げたという達成感ゆえだろうか。
 あの怪物は、きっと倒せただろう。でなければ今こうしていられるはずがない。

(そうだ、司令は!?)

 その身を起こそうとして、私はようやく身動きできない自分に気づいた。無理に起き上がろうとした代償に口から鮮血が溢れ出る。

(か、は……)

 身体を丸め、怪物と自分の血にまみれた身体を横たえる。それが今の私にできるせいいっぱいだった。
 オートリペアによる回復は…… 少なくとも1時間。
 その頃には、この艦はとうに沈んでいるだろう。

(万事休す、か)

 なのになぜだか、私は微笑んでいた。崩れ落ち、折り重なったマストの間から見える星空を眺めながら、先刻の戦闘を思い返していた。
 異星人であるセイントが人間の指揮系統を把握し美里司令を狙った。なぜだろう?
 そもそもあの怪物は本当にセイントが差し向けたのだろうか。
 疑問が次々と脳裏をよぎる。
 きっと、司令にはわかっていたのだ。だからああして艦橋に立っていたのだ。死をも覚悟の上で。
 非情な人だ、司令は。
 そしてそれ以上に罪深いのは、私自身だ。
 悪鬼の如く殺意にかられて戦った自分の姿。あれが私の本性なのだろうか。
 戦いで相手の命を奪った罪は、自分の命で償うしかないのだろうか。

 私はそっと目を閉じ、血糊の付いた甲板に身を横たえた。
 凪いでいるのか、いつも私の心を和らげてくれる波音は聞こえない。
 代わりに甲板から伝わってくる船体のきしみに、私は妙な安らぎを覚えた。私と同じ目的で作られ戦い続けた『彼女』の魂が語りかけてくるようで。

『怖いの? 大丈夫。私と一緒にいきましょう』

 声に身をゆだねて頷こうとすると、現実の苦しみが私を呼び戻した。

(ぐ……)

 溢れる自分の血で窒息しないよう、やっとのことで顔を横に向ける。
 ぼやけた視線の向こうに人影が見えた。甲板に倒れ、すすけた顔で心配そうに私を見つめている。

(司令!)

 ようやく気づいた私を見て、司令の顔に安堵が浮かぶ。
 せいいっぱい笑顔を返そうとして、自分が声を出せなくなっている事に気づいた。
 司令の口が私に話しかける。けれどその声も聞こえない。いつの間にか聴覚まで駄目になっている。

(司令)

 私はかすかに首を振り、声のかわりに目で訴えた。

(逃げて下さい。私は、もう……)

 無理に声を出そうとする私を手で遮り、司令は自分の足を指さした。
 司令の両足は非情にも、横倒しのマストの支柱に挟まれていた。

(そんな……)

 知らず、私の頬を涙が伝う。
 司令はそんな私を優しく見つめる。なんで悲しい顔をするんだと言わんばかりに。

 司令を。誰か、司令を助けて。
 司令はかけがえのない人だから。
 ヴェスパーにとって。誰より、昨日見た写真の二人にとって。
 奥さんの、優さんの笑顔を、奪うわけにいかないから。

(動いて、私の身体!)

 私は渾身の力を込め身体を引きずった。
 悲鳴をあげる身体を叱りつけ1センチまた1センチと距離を重ね、司令の傍らに辿り着いた。
 後は立ち上がり、邪魔な支柱を片づけるだけ。
 私の力なら、割り箸を割るのと同じくらいわけのない事。
 でも。
 いくら歯を食いしばっても、もう立ち上がる力さえ私には残っていなかった。私に出来るのは司令を見つめ、自分の無力さに涙を流すことだけだった。
 そんな私に司令の手が触れた。
 まるで父親が娘にするように、私の髪をそっと撫でる。
そして司令は自分の胸の内ポケットをまさぐり、小さな包みを、その中から黒い丸薬を取り出した。

 口を開けて。司令の口許がそう言っている。
 飲めば楽になると、司令の目が言っている。

(そう、ですか……)

 それはきっと、苦しまずに済むための薬。
 うながされるまま頷くと、司令の指が私の唇に触れた。
 司令を見つめる私の眼差しに、司令は黙って頷く。
 優しい笑顔に静かな覚悟を決め、私は震える唇でその薬を口に含んだ。
 司令はそれを見届け、私の傍らに寄り添った。
 冷え切った身体に、暖かい体温が流れ込んできた。安らかな心地よさに目を閉じてしまいたい衝動にかられた。そうしなかったのは、私の見ることのできる最後の情景をこの目に焼き付けておきたかったから。

 燃えさかっていた炎も止み、白んだ空に名残の星々が溶けていく。
 瓦礫の隙間から覗く水平線の彼方には朝焼けの雲が、そして昇り始めた朝日を受けて、鏡面のように穏やかな海がキラキラと輝いていた。
 そんな全てが、今の私にはいとおしかった。

 生きたい。

 さっき死を覚悟したはずの自分が、今は無性に思う。

 生きたい。生きたい。生きたい!

 失いたくないから。日差しの優しさも、司令の手の温もりも。
 こんな時だというのに、消し忘れのラジオから場違いに陽気なゴスペルが流れてきた。歌は今の私には生きる喜びに満ちて聞こえた。私はいつしか心の中で曲に合わせて歌っていた。小さく身体を揺らせ、唇を開いて。

 歌いながら、ふと気づいた。再び耳が聞こえるようになっている自分に。

「まほろ」

 もう聞けないと思っていた司令の声が私を呼ぶ。

「立ち上がってみてごらん」
「そう言われましても……」

 あれ? 私、声が出せる。体が楽になっている。

「さあ」

 司令の声に促され、私は口についた血糊を拭い、よろよろと立ち上がった。
 なぜ立てるようになったのか。考えるいとまもなく、私は憑かれたように司令を阻む支柱にとりついた。

「ん、んっ!」

 ミシミシ…… と軋む音がして鉄骨が持ち上がっていくのを、まるで他人事のように私は見つめる。

「抜けたぞ、まほろ!」

 司令の声を合図に私は支柱を押しやった。トラスがひしゃげる派手な音がする中を、私は司令に駆け寄った。

「司令!」
「ああ、大丈夫だ」

 大丈夫なわけがない司令と顔を見合せ、私は笑った。司令も笑った。

「さあ、帰りましょう」

 手早く応急措置をしながら司令に声をかけると、

「どうやってだね?」

 司令はあいかわらず呑気にこたえる。
 戦闘中の所持が禁じられているはずのポケベルを取り出すと、見事に割れた液晶に帆風さんからのメッセージがしっかり表示されていた。

『Sylpheed standby OK!』

 ありがとう、帆風さん。
 私は顔を上げ、朝焼けの空に向かって叫んだ。

「サモン… ザ、シルフィード!」

 訓練で散々教わった召喚の言葉を唱える。
 二人が空を見上げると、やがて朝焼けの向こうから一筋の飛行機雲と共に純白の機体が姿を現した。



 シルフィードという翼を得た私は司令を抱いて朝の空を飛ぶ。

「司令…… さっきの丸薬は?」
「ああ。まほろのリペア機能を補助するカプセルだよ。まだ試作段階だそうだが」
「そんな物があるなら、先におっしゃって下さい!」
「耳元で怒鳴らんでくれ。私は怪我人だよ」
「無茶をするからです。少しは懲りてください」

 眼下に『ニュージャージー』の全容が見え、二人は口を閉ざした。
 その艦首は既に水面下に消えていた。そしてあの怪物は、艦橋にからみつく巨木のように触手を伸ばしたまま絶命していた。

(あんな巨体と、戦ったんだ……)

 怪物を道連れに沈みゆく『ニュージャージー』が断末魔の悲鳴をあげる。それは兵器として少しばかり長生きしすぎた彼女が、ようやく死地を得た安らぎのため息にも聞こえた。
 私は、戦いに散った兵士と、私が命を奪ったあの怪物と、偉大な戦艦のために祈った。

「生き残った我々は、死んだ者たちの分まで生きねばな」

 司令がつぶやく。

「そうですとも」

 つとめて明るく私は言った。

「司令」
「なんだね」

 私は司令の内ポケットの写真を思い出して言った。

「決まりました? 優さんへのお土産」
「いかん。まほろに言われるまで忘れてた」
「ふふふ…… お父さん失格ですよ」

 私の言葉に、司令は年甲斐もなく顔を明らめる。
 そんな司令の事を、そして奥さんの事を、私はなぜだか少しうらやましく思った。

「まほろ」
「はい?」
「その…… 少し、痛いんだがね」

 思わず司令を強く抱きしめていた事に気づいて私はどぎまぎする。

「す、すみません…… ヒッ!?」
「ん、どうした」
「何でしょう。急にしゃっくりが…… ヒッ!? 止まらな…… ヒッ!?」
「う~ん、さっきの丸薬の副作用か。やはりまだ改良の余地があるな」
「そんな呑気な…… ヒッ!?」
「おいおい、手を離すんじゃ…… ああっ!」
「きゃ~っ、司令~っ!!」

 落っことしてしまった司令を急降下で追いかけながら、私は笑っていた。

「ふふふふ……」

 笑いながら司令の手を取る。

「おいおい、笑い事じゃないぞ」

 そういう司令も笑っていた。

「はい。もう離しませんから」

 だってみんなが司令を待っているから。
 椎名さん、帆風さん、郡司さん、大門さん、首領様。
 そして司令の奥さん、優さん。
 みんなを悲しませたくないから。
 ええ、離すもんですか。ずっとお守りいたします。
 みんなのために…… 私のために。
 ずっと、ずっと。

(完)


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード