団十郎の「吃又」

歌舞伎役者の市川団十郎さんがお亡くなりになりました。

勘三郎さんに続き、新装なった歌舞伎座のこけら落としを前にしての相次ぐ訃報は残念でなりません。
歌舞伎座立て替えの間に富十郎、芝翫、雀右衛門、勘三郎、そして歌舞伎界の大黒柱たる団十郎と、歌舞伎界は立て続けに至宝を失いました。まるで歌舞伎座の空気を吸わなければ役者は生きていけないかのようです。

ともあれ、長いご闘病を続けてきた団十郎さんには「お疲れさまでした」という気持ちでいっぱいです。



団十郎の芝居は何度も見てきましたが、私が一番記憶に残っているのは「吃又(どもまた)」です。団十郎の代表作にこれを挙げるのはヘンな気もしますが。

「吃又」とはどんな話か、wikiるのが面倒なので記憶モードで書きますが、うだつのあがらぬ絵描きの又平が、優秀な弟弟子が自分より先に免許皆伝を受けたのを「自分が免許皆伝をもらえないのは生まれついての吃音(どもり)のせいだ」と悲しみ、いっそ自殺しようと考えるのですが、妻に説得されて、これを生涯最後の作とばかりに死ぬ気で作品を描くのですが… というお話です。
(かなりいい加減)

この又平を演じる団十郎が素晴らしかった。役を演じるというより自分が又平になりきっているという感じでした。
団十郎はこの大名跡を継いでからも何かと批判され、特に「声が悪い」と口の悪い批評家たちにけなされた。
「一声二顔三姿」とさえ言われる歌舞伎役者で声をけなされるのは耐えがたい屈辱に違いありません。又平が持っていた劣等感は団十郎には人ごとに思えなかったでしょう。団十郎の熱演は、まるで自分と又平を重ねて演じているように見えました。


蛇足ながら、「吃又」はいい話です。又平の師匠も悪意はなく、弟弟子も高潔、なにより又平の嫁さんがいい人。又平もコンプレックスで弱気になってるだけの善人と、悪役が誰ひとりいない。最後はちょっとした奇跡が起こってハッピーエンド。
「そんな事起こるわけないない」とわかっていても「そうなったらいいのになあ」と思わせる夢がある。作品を書いた近松の筆は登場人物を見つめる温かい眼差しに満ちています。



そうはいっても団十郎は団十郎。団十郎といえば歌舞伎十八番、荒事がお家芸と決まっています。
役者が役を演じるのは当たり前だけど、団十郎を襲名した者は「団十郎」という役者をも演じなければならない。それが団十郎さんの肩にどれだけ重くのしかかった事でしょうか。
しかし団十郎さんは見事に「団十郎」という役者を演じきりました。「勧進帳」の弁慶、「助六」の助六、「暫」の権五郎… 誰もが演じられるわけではない憧れの役どころを心から楽しんで演じられていたと思います。荒事の役が似合わなかったなどとは夢にも思いません。
ただ、団十郎さんがもし「団十郎」という名前を継いでいなければ、もっと多彩な役に挑んでいたのではないか。又平のような愛すべき庶民をもっと頻繁に演じ、違った色の大輪を咲かせていたんじゃないか。ふと、そんな気にもさせられます。


願わくば、長い病魔からも大名跡という枠からも解き放たれ旅立たれた団十郎さんが、天上で思いのままに楽しく演じ踊っておられますように。


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雪山雪男

Author:雪山雪男
「艦これ」大好きな元「Answer×Answer」プレイヤー。
老眼と戦いながらプラモ作りに励んだり、気まぐれで小説を書いたりする日々です。

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